山の始まり   

2009年 10月 26日

中学1年の夏、父と剣山に登った。
剣橋でバスを降り、つづろ道から夫婦池を経由して見ノ越の剣神社で宿泊。
翌日は剣山から一ノ森、富士ノ池、コリトリへ下山した。
笹に覆われた次郎笈の姿といろんな種類の苔があることが印象に残った。
だがこの登山が山の始まりではない。

高校1年のとき、ある本に出合った。田村宏明著「わが青春はヒマラヤの頂」であった。
単独でヒマラヤに向い、6900mのペンタンカルポに初登頂する。
この本を何度読み返しただろうか。
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そのころ山岳雑誌「山と渓谷」に登山家の加藤文太郎(1905~1936)の生涯を題材にとった小説「孤高の人」が連載されていた。
困難な雪の山を次々と単独で登り、昭和11年1月槍ヶ岳の北鎌尾根で遭難死する。

ひとりで山に登りたいと思った。
登山靴とザックを買った16歳の春3月、天狗塚から剣山まで縦走した。
山中ビバーク2泊は着の身着のままで笹に潜って眠った。
これが山の始まりだった。

その夏は中尾山から剣山、三嶺と3泊4日で縦走した。
秋には祖谷の山々を巡った。
1日目は出合から中津山を越え、マドの天狗は日差しと秋風にススキが輝いていた。
寒峰北西の沢に降り、枯葉を敷き詰めて寝た。
翌日は寒峰、烏帽子山、矢筈山と登り、深淵の道端で夜を迎えた。
3日目は桟敷峠を越えて三加茂駅まで歩いて下った。

「孤高の人」のなかで加藤文太郎は、雪中ビバークを想定して下宿の庭で眠る練習をする。
冬の寒い夜はそんな真似事をした。
加藤文太郎に恋?してしまったのか、頭の中は山のことでいっぱいになった。

# by nakatuminesan | 2009-10-26 08:40 | 昔むかし | Comments(2)

40年も前のこと   

2009年 10月 25日

古い話しだが、大学2年のころと記憶している。
名古屋にある大学山岳部がヒマラヤを計画していて、
ある先輩から「お前行かないか」と誘われたことがある。
そのころはヒマラヤなど頭になかったから、もちろん行くことはなかった。
今考えるともったいないことをしたのかもしれない。

私が登山に目覚めたころ、1965年3月、ネパール政府はネパール・ヒマラヤの登山禁止を発表した。
中印紛争、外国登山隊の越境問題などによる禁止措置であった。
登山禁止は、満3年4カ月にわたった。
1968年(昭和43年)8月にネパール政府は、エベレストなど38座の登山を許可することを正式に発表。

どこの山を計画していたのかさえ知らないが、ヒマラヤ登山解禁直後のことだったようだ。
ヒマラヤを意識しだすのは社会人になってからだった。

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写真は誰もが知るエベレスト (西方10キロのカラパタールから)

# by nakatuminesan | 2009-10-25 14:05 | ヒマラヤ | Comments(0)

国際宇宙ステーションから撮影したヒマラヤ山脈。   

2009年 10月 22日

アジアの山脈で、地球上で最も標高の高い地域である。単にヒマラヤということもある。
ヒマラヤは、インド亜大陸とチベット高原を隔てているカラコルム山脈、ヒンドゥークシュ山脈、パミール高原から続く無数の山脈から構成される巨大な山脈である。
ヒマラヤ山脈はブータン、中国、インド、ネパール、パキスタン、アフガニスタンの6つの国にまたがる。ヒマラヤには、エベレストを含む、地球上で最も高い14の8000m級ピーク(独立峰)があり、付属峰も含めると7000m級の山が100以上も存在する。

チベット高原から南方を見た時の図。エベレストが中央付近に、その左にマカルーが見える。
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# by nakatuminesan | 2009-10-22 16:45 | ヒマラヤ | Comments(0)

石鎚山東稜   

2009年 10月 22日

昨日はこの秋二度目の石鎚山東稜へ。
山頂部のツツジは葉がほとんど散っていましたが、北面はブナの紅葉が見事でした。
瓶ヶ森林道は紅葉目当てのカメラマンがいっぱいでした。
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# by nakatuminesan | 2009-10-22 14:38 | 山を歩いてきました | Comments(0)

山が好き   

2009年 10月 17日

鶴木 博<br>1949年12月 徳島生まれ ハイキング、登山、雪山、ヤブ漕ぎ、山スキー・・・とにかく山が好きです
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高校時代から山を始める大学山岳部で雪山と岩登りにはまる<br><br>1971年冬 北鎌尾根~槍ヶ岳~奥穂高岳~西穂高岳 単独<br><br>1973年冬 遠見尾根~五竜岳~鹿島槍ヶ岳~赤岩尾根 単独<br>1978年3月・1979年3月 立山から槍ヶ岳までの単独スキー縦走 2年連続で敗退<br>1979年冬 涸沢岳北西尾根~奥穂高岳~西穂高岳<br>1980年ごろまで冬の槍穂高や後立山に毎年単独で通う<br>1981年冬 北鎌尾根~槍ヶ岳<br>1992年春 ヨーロッパアルプス・オートルート<br>1993年冬 西鎌尾根から槍ケ岳 敗退(烈風) 単独<br>1994年冬 大喰岳西尾根から槍ヶ岳 単独<br>1998年冬 赤岩尾根から鹿島槍ヶ岳 敗退(風雪) 単独<br>1999年秋 ネパール・イムジャツェ6189m<br>2005年秋 ネパール・ツクチェピーク西峰6837m<br>2007年春 ネパール・カラパタール5545mトレッキング<br>2007年夏 北鎌尾根(26年ぶり 6度目)<br>2008年秋 ネパール・マナスル 敗退 (大雪 C2 6400m)まで 帰路ラルキャパス5106m越え<br>2013年春 ネパール・トロンパス5416mトレッキング<br>2013年秋 ネパール・タシカンⅠ峰6386m<br>2015年春 ネパール・ゴーキョピーク5360mトレッキング<br>2016年秋 ネパール・フレンチパス5360m~ダウラギリ一週トレッキング<br>2017年春 ネパール・ランタン谷トレッキング<br>その他 北アルプスの山スキー記録多数<br><br>50歳ごろまでは雪山だけが山だと思っていた<br>加藤文太郎の影響を受け単独行が多かったが 最近は歳をとってしまい安全登山を信条としている<br>季節を通じて山に入り 花の名を覚えることが楽しくなった
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2013年秋のタシカンⅠ峰が面白かったこともあり 3回ぐらいはヒマラヤに行きたいと考えている
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お気に入りの北鎌尾根行きが2015年夏で8回目になり、70歳までに10回を目指そうかと思うようになった。
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# by nakatuminesan | 2009-10-17 17:06 | Comments(0)