カイドウザクラ   

2010年 03月 26日

昨日までは冷たい雨の日が続きました。
雨は止みましたが雲の多い天気です。
白くなった大川原高原を見ると剣山あたりでは10センチぐらいの新雪が想像できます。
数日前から咲き始めた庭のカイドウザクラ。
冷たい雨に待ったの状態でしたが、今日はいっきに開きそうです。 
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# by nakatuminesan | 2010-03-26 09:44 | 四季 | Comments(0)

無名峰   

2010年 03月 25日

ヒマラヤには無名峰、つまり名が付けられていないピークが多数ある。
登山の帰りに無名峰に登る登山隊もあると聞いたことがある。

無名峰といえばエベレストに近いイムジャ谷がよく知られている。
チュクンからはヒマラヤ襞に覆われた無名峰を眺められるからだ。
ヒマラヤにいることを感じるとともに時を忘れる光景が広がる。
ピークは無名だが地図には標高が示されている。
ただし信頼度は低いと考えてもいい。
シェルパに「あのピークは名前がないが、登った人はいるのか」と質問したところ、「さー 聞いたことはない」との返答だった。

6400m峰・・・あの上はどうなっているのだろうか。
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6200m峰・・・手強そう 登れても下りは?
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7000mを超える山が100以上あるネパールである。
政府の観光省や山岳協会が登山を許可するピークが300座ちかくもある。
そのほとんどは6000m以上の山岳なのだ。
ヒマラヤでは5000m級は丘という感覚かもしれない。

マナスル周辺にも無名峰は沢山あった。
6211m峰・・・これなど弱点が見つからないし、未踏なのかどうかすら分からない。
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6416m峰・・・岩壁だけでも500mはある。
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ラルキャ・パス(5106m)の手前の5870m峰・・・上部稜線を縦走すると面白そう。
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6300mぐらいありそう・・・シェルパに聞いても「知らない、ノットイージー」
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登山が観光省や山岳協会の許可制であるからには無名峰のほとんどは未踏峰であり、無名峰の登頂者に山の命名権はないと考えてよい。
なぜか無名峰や残された未踏峰には惹きつけられる。

# by nakatuminesan | 2010-03-25 14:30 | ヒマラヤ | Comments(0)

根深 誠著「シェルパ」   

2010年 03月 24日

1998年9月発刊(山と渓谷社)

ヒマラヤ登山はシェルパの存在なしには考えられない。
ヒマラヤ登山の黎明期から現在に至るまで、豊富な文献資料と綿密な現地取材を基にシェルパ族の真実を描いている。
著者はヒマラヤ遠征を多数こなす登山家でもある。

カバー表の写真は1924年イギリス第三次遠征隊のシェルパたち。
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世界の8000m峰14座のなかで最初に登頂されたのは、第二次世界大戦後の1950年、フランス隊によるアンナプルナⅠ峰(8091m)だ。
ヒマラヤ登山史上、画期的偉業として知れ渡っている。
そのときのサーダーが名シェルパ、アン・タルケー。
アン・タルケーは1933年のイギリス隊による第四次エベレスト遠征から何度もイギリスのエベレスト隊に加わっている。
アンナプルナⅠ峰初登頂後の1953年、アン・タルケーはサーダーとしての功績によってフランスに招待された。
ヨーロッパを訪問した最初のシェルパだった。
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イギリスによる1921年の第一次エベレスト遠征隊からの長きにわたる挑戦の末、1953年5月29日エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイによって初登頂がなされた。
テンジンは7度目のエベレスト挑戦だった。
覇者テンジンもその功績によってイギリスに招待された。
初登頂時のピッケルにイギリス国旗を結ぶテンジンと背後にはジョン・ハント隊長がいる。
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1934年のナンガ・パルバットで奇跡の生還を果たしたダキ・バブも登場する。
嵐の山稜上で9名の隊員とシェルパが遭難死した悲劇の山。
ダキ・バブはナンガ・パルバットで凍傷にかかり、足指のすべてを失っている。
ダキ・バブの家に飾られた、各国遠征隊から受けたメダル。
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その他に長年シェルパとして活躍したマナスルの覇者ギャルツェン・ノルブ、ティルマンに同行したプー・タルケーなどの生の声が書かれている。

チベット語でシェル(Sher)は東の、パ(pa)は人であり、シェルパ(Sherpa)は「東の人」を意味する。
シェルパの祖先は、その名が示すようにもともとはチベット東部地域に居住していたが、17~18世紀にヒマラヤ山脈を越えてネパールに移住してきたとされる。

国家的事業として8000m峰の初登頂が社会的意義を獲得しえた時代、ヒマラヤ登山史上では「黄金時代」と呼ばれていた。
身の危険を知りつつも、経済的貧困から逃れられない彼らは各国遠征隊で働かざるをえなかった。
近代登山をささえる科学的探求精神など彼らには無縁だったし、みずからが神聖視するヒマラヤの頂に登ろうとする行為は冒瀆であったかもしれない。
今までに犠牲になったシェルパの数は計り知れない。
ヒマラヤの高峰に登頂は果たしたものの、シェルパに背負われて下山した話など山ほどある。

# by nakatuminesan | 2010-03-24 10:47 | | Comments(0)

2010.3.22氷ノ山   

2010年 03月 23日

中止した乗鞍岳のメンバーで氷ノ山に登ってきた。
スキー場に着くとゲレンデは真っ白。
全体に雪は減ったが、東尾根休憩小屋からの眺めは前回と変わらない。
上部には霧氷も見られる。
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ラッキーにも昨日の新雪が登山道を覆っているし天気もよい。
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ネマガリダケが目立つようになったが下りが楽しみな斜面。
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せっかくザックに入れてきたんだから・・・新調したアイゼンを試す。
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日差しが強いので融けないかと気になる霧氷だが、標高1400m付近でなんとか間に合った。
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山頂近づく
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今日も大山は霞で見えない。
鉢伏山
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下りはチョー快適!
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あずき&抹茶&練乳カキ氷
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おかき処「播磨屋本店」に寄って帰りました。

天候:晴れ
氷ノ山国際スキー場8:30・・・9:05東尾根休憩小屋・・・9:45東尾根1130m・・・11:
00氷ノ山11:45・・・13:10東尾根休憩小屋・・・13:40氷ノ山国際スキー場

# by nakatuminesan | 2010-03-23 09:41 | 山行報告(雪山) | Comments(0)

春本番   

2010年 03月 20日

陽気に誘われて近郊の農道から里山を徘徊しました。
いろんな花にすっかり春を感じさせられました。
桜の開花が早いのでタラの芽に期待しましたが、もうすこし待ってくれと言っているようでした。
南風が強く吹き出しました。
四国は今夜あたり寒冷前線が通過するそうです。
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# by nakatuminesan | 2010-03-20 11:55 | 四季 | Comments(0)

2010.3.18氷ノ山   

2010年 03月 19日

スキー場に着くとパトカーが停まっている。
兵庫県警ヘリが東尾根1300mあたりの上空でホバリングしている。
10分後には着陸したヘリから2人の登山者が降りてくる。
しっかり歩いているし遭難としても合点がいかない。
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東尾根休憩小屋から見る山頂方面にはまだ青空がある。
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ずいぶん雪は減ったが新雪が道を覆っている。
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急斜面の下1130mで休憩する。
雪解けとともにネマガリダケが起き上がってきた。
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新雪の下の雪は締まっているので1回の蹴り込みで決まる。
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1400m付近はまだまだ雪景色だ。
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山頂が近づくと風が強くなったうえ雪が降り出す。
先日の日曜日は多くの登山者で賑わったが今日は我々だけだ。
氷ノ山は風がある時は山頂の避難小屋がありがたい。
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締まり雪の上に新雪が乗っているのでシリセードには最適。
この冬は滑る機会が少なかったのでよかったです。
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生野にある日本一おかき処「播磨屋本店」に寄って帰りました。
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帰宅して調べるとヘリは神大ヒュッテに宿泊していた登山者を保護したようです。

天候:曇り時々晴れのち雪
氷ノ山国際スキー場8:30・・・9:05東尾根休憩小屋・・・9:45東尾根1130m・・・11:05氷ノ山11:55・・・13:15東尾根休憩小屋13:30・・・13:55氷ノ山国際スキー場

# by nakatuminesan | 2010-03-19 11:34 | 山を歩いてきました | Comments(0)

2010.3.17腕山周回   

2010年 03月 19日

今日は読図トレーニング山行。
井川スキー場から腕山に登り、牧場西端から松尾川支流の谷に降りる。
そして谷に沿ってスキー場に戻るという計画。

スキー場は雪不足のため休業中。
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昨夜降った雪を踏みしめて腕山には1時間ほどで到着する。
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牧場から見る矢筈山や烏帽子山は霧氷を付けている。
爽やかな天気なので1日ここにいたい気分になる。
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中津山を正面に見ながら牧場西端のコルへ下っていく。
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「怪しい連中が来た」とカモシカ君。
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コルからは地形図のとおりに道が北に向かっている。
小尾根を越して北西に延びる尾根に乗ったことをコンパスと地形図で確認する。
植林された尾根には踏み跡はあるが、登山目的で立ち入ることはないのでテープ類はない。
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尾根の末端が近づくと地形図とは少し違う場所で沢に出た。
ハシリドコロが芽を出している。
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こんな山奥に神社らしき建物があり、トチノキは幹周なんと6m60cmもの大木。
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ここから地形図の道は左岸に示されている。
右岸は山が急峻なので歩くなら左岸だと容易に考えられる。
谷の両側から合流する沢と細かい地形の変化を地形図から読み取る。
踏み跡が不鮮明になった標高850m付近は谷を歩く。
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5mの滝
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腕山山頂へ突き上げる谷の合流点に、スキー場の人工雪を造るための給水設備が突然現れる。
モノレールに沿ってスキー場に戻ると下った尾根が一望できた。
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フキノトウ採りに夢中
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天候:快晴
井川スキー場8:20・・・8:55水ノ口峠分岐・・・9:25腕山9:40・・・10:00牧場・・・10:30コル1170m・・・11:30沢750m12:10・・・12:55沢910m・・・13:25沢985m・・・14:00鞍部1125m14:25・・・14:45井川スキー場

# by nakatuminesan | 2010-03-19 10:08 | 山を歩いてきました | Comments(2)