2010.10.6六郎山   

2010年 10月 07日

右岸に渡りしばらく登るとスギの間伐作業が行われている。
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仕事の手を休めて通してもらうとすぐに左岸に渡る。
廃屋の左横から整備された道が続いている。
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谷の音がしなくなるあたりでチェーンソーの音も聞こえなくなり、急な斜面にジグザグを繰り返すようになると自然林の稜線に出る。
カエデ類の色づきや青空と爽快な風に暑かった夏は終わったんだと感じる。
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ヒメシャラは早くも紅葉が始まっている。
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面白い形のヒメシャラを一枚。
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山頂からの展望は落葉していないため北西方向に限られる。
高城山
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天神丸(左)と当野石山(右)
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葉の隙間から山姥岳とボタモチ山が見える。
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ツリバナ
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ドウダンツツジ
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帰りは黒滝寺に立ち寄ると六郎山がよく見えた。
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天候:晴れ
井掘9:25・・・10:10沢・・・11:20稜線・・・11:30六郎山12:35・・・13:30沢13:50・・・14:20井掘

# by nakatuminesan | 2010-10-07 08:42 | 山を歩いてきました | Comments(0)

大崩壊・・・高磯山の写真   

2010年 10月 06日

高磯山の「大崩壊」を9月30日に書きました。
写真がなかったので、六郎山へ行った今日撮ってきました。

大崩壊は120年近くも前の出来事です。
現在では植林されているので、崩壊があったことにはまったく気付きません。
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# by nakatuminesan | 2010-10-06 19:08 | 昔むかし | Comments(0)

2010.10.5烏帽子山周回   

2010年 10月 06日

今日は中止した槍ヶ岳メンバーでの山歩き。
標高1500m付近まで登ると一部の木は色づき始めている。
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烏帽子山からの前烏帽子と後方は西熊山・天狗塚・土佐矢筈山
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前烏帽子までは相変わらず笹が深く、距離のわりには時間がかかる。
テンニンソウの斜面から烏帽子山を振り返る。
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前烏帽子からの寒峰
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手前は落禿 後方は剣山と次郎笈
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鎖場を登るとやがて落禿に着く。
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落禿からの矢筈山
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ツリガネニンジン
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かなり色づいた落合峠付近は2週間後には見ごろとなりそうだ。
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落合峠北面の大ブナ
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アメのように曲がった鉄橋を慎重に通過する。
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縦走路にはリンドウやヤマラッキョウがたくさん咲いていました。
紅葉も順調に始まったように思います。

天候:晴れ
営林署跡7:50・・・8:55北東尾根・・・9:45烏帽子山10:00・・・11:10前烏帽子山11:50・・・12:45落禿1683m13:00・・・13:25落合峠13:35・・・14:55営林署跡

# by nakatuminesan | 2010-10-06 18:25 | 山を歩いてきました | Comments(0)

使わない山の装備   

2010年 10月 04日

山が長いと道具というか装備がどうしても増えてきます。
不必要な装備は処分しなければ狭い部屋には置ききれないのですが、整理整頓が下手なので山の装備類の片付けも苦手で、だらしなく部屋の隅に置いている状態です。

何本ものザイルとヘルメット、壁にぶら下がるハンマーなど 
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大昔のハーケンやボルト類
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もうこれらを必要とする山は出来なくなりました。

山スキーに使った古いシール 新しいものがあるのに捨てられずにいます(貧乏性?)
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ワカンジキ(昔はワッパと呼んでいた)は居間の飾りになっているので問題なし。
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いっそのこと使わなくなった装備を居間の飾りにするという手もありますが、山スキーの板やら古い登山靴などなど他にもいっぱいです。

# by nakatuminesan | 2010-10-04 13:54 | 山のあれこれ | Comments(0)

ヒマラヤのトリカブト   

2010年 10月 03日

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見た目には綺麗な花ですが、致死性の猛毒を持つことから知らない人はいないほど。
植物としてはもっとも毒性が強く、天然物としてはフグ毒に次ぐのだそうです。
過去には保険金殺人の手段として使われたことがあります。

近年シカによる食害が増え続けていますが、さすがにこの植物だけはシカも敬遠するとか。

ヒマラヤの高山帯にもトリカブトが見られます。
あまり変わりませんが、これがヒマラヤ製です。
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その中には花弁はあるものの蜜を分泌しないものや、花弁そのものが退化してしまっているものもあるそうです。
植物にとって蜜を生産するということはたいへんな負担になることから、エネルギー消費を抑えることによって厳しい環境で生き抜いているようです。

トリカブトの塊根の毒性は古くから知られており、ブータンでは昔は矢の先に塗って戦に使われたそうです。
アイヌ民族もトリカブトを使う習慣を持っており、熊や鯨を獲るための矢毒に用いたという記録が残っています。

# by nakatuminesan | 2010-10-03 18:23 | ヒマラヤ | Comments(0)

続く県外山行の中止   

2010年 10月 02日

明日からは2泊3日で槍ヶ岳の予定でしたが昨夜の予報で中止を決めました。
明日は日本海に低気圧が入り、明後日は寒冷前線が通過する予想天気図だったからです。

この季節になると雨に打たれて風に吹かれた寒さは考えるだけで恐くなります。
どうせ降るなら雪のほうがましだと思ったりもしますが、雪に覆われた岩場は誰でも登れるものではないですし・・・

9月7日からの剣岳も台風9号の影響で27日からに延期したところ、低気圧の接近で中止しました。
このところ日程と天気がかみ合いません・・・ブツブツ言いたくなります。

信州の高い山からは紅葉の見ごろが近いという情報が入ってきますが、冷え込みが弱いので進むのが遅いようです。

今日はまだ夕焼けが見られましたが、明日の四国は朝から雨の予報となっています。
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# by nakatuminesan | 2010-10-02 18:22 | 四季 | Comments(0)

「エリック・シプトン」山岳探検家 波瀾の生涯   

2010年 10月 02日

ピーター・スティール著 倉知 敬訳 山と渓谷社 2000年発行
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世界各地を歩き登山探検史上にユニークな足跡を残した、登山家であり著述家でもあったイギリスのエリック・シプトン(1907年~1977年)の生涯が語られている。

シプトンの足跡はヒマラヤに始まり、ヨーロッパそして中央アジアからパタゴニアまで広がっている。
コーヒー農園を経営しようとしていたアフリカ時代に、彼の重要なパートナーとなるビル・ティルマンを知る。
シプトンとティルマン(右)
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よほど意気投合したのか、長年にわたりティルマンを同行者に選んでいる。

シプトンにとって、ヒマラヤへの第一歩は1931年のカメット(7756m)の初登頂だった。
エベレストには4回出掛けていて、1935年は雪崩の危険からノース・コルで引き返し、その後周辺の26座に登頂。
1937年にはカラコルムのシャクスガム渓谷の流域を探索する旅に出るなど10年間はヒマラヤに通っている。
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第二次世界大戦中のシプトンはカシュガル総領事に任命され、滞在中の1947年には盟友ティルマンとムズターグ・アタ(7546m)に登っている。

エベレスト初登頂を遂げることになるエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイをイギリス隊に迎えたのはシプトンであった。
1951年のシプトンを隊長とするエベレスト南面偵察隊はカラパタールから、後に一般ルートとなる南東稜ルートを発見する。
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スイス隊がエベレストに挑戦している1952年、シプトンはイギリス隊を率いてチョ・オユー遠征を行った。
チョ・オユー隊のメンバー 後列左から二番目がヒラリー 三番目がシプトン
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1953年のエベレスト隊はいったんシプトン隊長と決まったが、大規模隊の統率能力があるとする軍人ジョン・ハントが推挙されてもめにもめた。
この時のトラブルに心を痛めたシプトンは登山界の表舞台を去り、1958年からは初めて南アメリカのパタゴニアに足を踏み入れる。
十数年にわたってこの「嵐の大地」を歩き続け数々の成果を得る。

1962年フェゴ島 強風に強いシプトン得意のピラミッド・テント
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1964年には英国山岳会の会長職についた。

登山家あるいは探検家として、世界中にまだ人跡未踏の地域がごろごろ残っている時代に生き、ほとんどその生涯にわたって先駆的な独特のやり方で息の長い活躍を続けたところは他にあまり例がない。

本書は1953年のエベレスト隊隊長解任のいきさつなど、シプトンという人物の謎にあらたな光を当てている。

# by nakatuminesan | 2010-10-02 09:09 | | Comments(0)