2010.10.23神戸丸~熊谷   

2010年 10月 24日

舗装された林道海川・野久保線は快適に走行でき、神戸丸から熊谷への尾根もよく見えている。
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人工林を抜けた1120mのピークに立つと神戸丸は近い。
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山全体が植林に覆われた木頭ではあるが、谷沿いの急傾斜地や標高が1000mを超えると自然林を見る。
吉野丸(右手前) 左奥が請ヶ峰と鰻轟山
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神戸丸
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展望はほとんど利かないが、神戸丸山頂直下から熊谷が望める。
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いくらスズダケが枯れたとはいえ、ここから熊谷までは読図を試される。
大きな尾根のため林業関係者のものらしい踏み跡はあるが、慎重に現在地を確認した上でコンパスを振る2箇所がある。
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時として紅葉に期待できる自然林を見るが、尾根の大部分はアップダウンの少ない杉の中を歩く。
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想像以上に歩きやすかったこともあり、予定よりも早く熊谷に到着。
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熊谷北西面の緩傾斜では大規模な伐採が進められていて、10年前の面影はなくなっていた。
標高900m付近は木材集積場となり、作業用モノレ-ルが延びていた。
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天候:曇り
北尾根取付(1000m)8:45・・・9:25神戸丸9:35・・・9:50分岐1080m・・・10:15標高点1035m・・・10:45標高点1083m・・・11:10標高点985m・・・11:40熊谷12:25・・・北西尾根・・・13:50登山口

# by nakatuminesan | 2010-10-24 10:12 | 山行報告(中級) | Comments(0)

石鎚山東稜は中止   

2010年 10月 24日

計画していた今日の石鎚山東稜は、朝からガスと雨が予想されたので中止しました。

# by nakatuminesan | 2010-10-24 09:35 | Comments(0)

菜の花   

2010年 10月 22日

雑草園の手入れをしたついでに、猫の額ほどのスペースに菜の花の種を蒔きました。
昨日の農道歩きで植え付けたばかりの菜の花畑を目にしたので思いつきました。
“おひたし”にすると美味しいので好物です。
はたして芽が出るか・・・楽しみです。
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# by nakatuminesan | 2010-10-22 17:10 | 四季 | Comments(2)

『百名山の人』「深田久弥伝」   

2010年 10月 22日

田澤拓也著 ブリタニカ 2002年発行
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日本百名山といえば深田久弥(1903年3月11日~1971年3月21日)であり、その名を知らない山屋さんはまずいないはずである。
日本百名山にはまったく無関心だが、読む気になったのは二ヶ月ほど前に深田久弥が脳卒中のため急逝した茅ヶ岳に登る機会があったからである。
氏が倒れた場所は茅ヶ岳の山頂まで15分のところにあった。
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第1章 茅ヶ岳に死す 
第2章 二人三脚 
第3章 運命の再会 
第4章 追はるる人 
第5章 ヒマラヤの道標 
第6章 百名山の人 
の構成となっている。

小説家(随筆家)であり登山家である深田久弥は石川県加賀市で生まれており、子供のころから頭脳明晰だったが、けっこうヤンチャな性格だったようである。
1918(大正7年)の白山登頂で山に開眼している。
1926(大正15年)東京帝国大学文学部哲学科入学。
在学中に「新思潮」同人、改造社の編集部員となり大学は中退。
1930(昭和5)年『オロッコの娘』で認められ文筆生活に入る。
本書は深田久弥の生涯を書いたものであり、二人の女性と結婚した暮らしも描かれている。

登山家としては1958(昭和33年)、ジュガール・ヒマール、ランタン・ヒマール踏査隊隊長として、約4ヶ月のヒマラヤ遠征がある。

深田が朋文堂から刊行されている山岳誌「山と高原」に「日本百名山」を連載し始めたのは1959(昭和34年)三月号からであり、1963(昭和38年)四月号で完結した。
新潮社から『日本百名山』が刊行されたのはそれから一年と少したった1964(昭和39年)の7月だった。
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日本百名山の選定は山の「品格・歴史・個性」を条件とし、かつ原則として標高1500m以上の山という基準を設けたが、筑波山と開聞岳は例外としている。
深田が“日本百名山”を選んでみようという思いは戦前からあったようであり、ある山の雑誌に連載しかけたが、20あまり選んだきりで中止したとある。
1964(昭和39年)『日本百名山』で第16回読売文学賞を受賞し人気作家に返り咲いた。
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後半は登山家として数多くの山岳紀行・旅行記を執筆し、ヒマラヤ研究にも没頭した深田久弥であるが、白山には特に強い思い入れがあったようだ。
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# by nakatuminesan | 2010-10-22 09:41 | | Comments(0)

だいぶ秋らしく   

2010年 10月 21日

昨日はあるグループと一ノ森から槍戸山の予定でしたが、天気がいまいちなので延期しました。
山のない日が続くと身体がなまるので、近郊を早足で歩くようにしています。
ヒガンバナはすっかり枯れ、代わりにセイタカアワダチソウが目立つようになっていました。
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二週間ぶりの農道からは大根や菜の花が植え付けられた風景となり、クリスマスケーキ用でしょうかハウスにはイチゴの花が咲いていました。
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色づいた柿はやはり秋を感じます。
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# by nakatuminesan | 2010-10-21 18:19 | 四季 | Comments(0)

リニアは南アルプスルートに   

2010年 10月 21日

国土交通省の交通政策審議会中央新幹線小委員会は20日、JR東海が計画するリニア中央新幹線(東京―大阪)に関する論点整理が行われた。
この中でルートについて、東京と名古屋を直線で結ぶ「南アルプスルート」の費用対効果がもっとも大きいとの調査結果を提示。
JR東海が主張する同ルートで事実上決着した。
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南アルプスルートのほか、長野県内へと北に大きく迂回する「伊那谷ルート」と「木曽谷ルート」も候補に挙がっていたが、「南アルプスルート」が費用対効果で優位だと結論付けられた。
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リニア中央新幹線の延長438キロの60%がトンネルとなる。
甲府の標高250mと飯田の500mを考えると、南アルプスルートは白峰三山の農鳥岳の真下あたりを長大トンネルで走り抜けることになる。
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最高時速500キロの窓から眺める山の姿はどうなんでしょうか。
写真は撮れるんでしょうか?

# by nakatuminesan | 2010-10-21 09:32 | 山のあれこれ | Comments(0)

山の計画追加   

2010年 10月 20日

矢筈山に登りたいというご希望がありました。

10月29日(金)・・・矢筈山(初級 行動4時間)集合6時
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# by nakatuminesan | 2010-10-20 18:57 | Comments(0)