カテゴリ:ヒマラヤ( 141 )   

ムクト・ヒマール登頂の記事   

2018年 07月 06日

徳島新聞に掲載されました。

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by nakatuminesan | 2018-07-06 08:20 | ヒマラヤ | Comments(8)

登頂祝い(2018.6.27~28)   

2018年 06月 28日

ヒマラヤへ行っている間は畑の草抜き隊に大変お世話になりました。
その草抜き隊の皆さんがムクト・ヒマールの登頂祝いをしてくれました。

台所や風呂もあるし貸切です。
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張られたタルチョーがヒマラヤムードを盛り上げてくれ、スパークリングワインで乾杯です。
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なんと登頂祝いは酒ばかりときてるから、しばらく晩酌に困ることはなさそうです(^-^)v
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昼食は日本製のルーを使ったものではなく、カトマンズで買ってきたカレー粉にスパイスを入れた(カアチャン作)カレー。
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ヤマモモに始まり持ち寄りいっぱいです。
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飲んで食べて喋っては当たり前で、山の話題は国内からヒマラヤまで賑わしい。
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夕方からは泊まり組でバーベキュー。
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差し入れも含めてゴリラ畑の野菜10種類以上が並びます。
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昼に続いて2度目の乾杯だ!
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暗くなってからは部屋でお喋りが続きましたZZZ。


翌朝は山の計画や雑談(畑など)で大いに盛り上がり、笑いすぎてアゴが外れる前に昼ごはんを食べて解散しました。
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皆さん登頂祝い本当にありがとうございました。





by nakatuminesan | 2018-06-28 18:14 | ヒマラヤ | Comments(2)

ヒマラヤの雪崩   

2018年 06月 23日

2005年秋のツクチェ・ピークでは6200mのC1上の斜面で雪崩が起きた。
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それは画像左下の45度ぐらいの斜面で起きフィックスロープが流された。
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2013年秋のタシカンⅠ峰では雪質が不安定だった。
シェルパに今日は雪の状態が悪いと言うと「ビーズのようで良くないです」という返事があった。
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この箇所は下山のとき雪崩が起きていた。
登るときにはなかった段差を変だと思ったところ、なんと厚さ50センチほどの板状表層雪崩の跡だった。
フィックスロープの中間だったからいいようなもので、スノーバーを打ち込んでいたなら流されていたであろう。

雪崩そうな雪は山頂まで続くのだが、いつもラクパの後姿にはしびれるのである。
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2018年春のムクト・ヒマールでは雪は安定していたようで、急斜面にもかかわらず小さな雪崩跡さえ見られなかった。
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無事に登頂を終えることができたが、過去の雪崩を思い出すと急斜面を下りきるまでは安心はできない。

戻ってきたHCから見上げる斜面には1本のトレースが続いていた。
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おまけおいらシャンプーカットしてもらったよ~♪
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by nakatuminesan | 2018-06-23 19:12 | ヒマラヤ | Comments(2)

今年もシェルパたちが来日   

2018年 06月 17日

庭のタルチョーでヒマラヤを回想する毎日ですが、本当に早いもので帰国から1ヶ月が過ぎました。
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ムクト・ヒマールからの眺めは眼に焼きついています。
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シェルパとポーターたちが7月に来日することになっています。
観光が目的ではなく薬師岳山荘で働くのです。

9月には
立山~ザラ峠~薬師岳の計画があり、彼らと再会できることが楽しみです。



by nakatuminesan | 2018-06-17 19:22 | ヒマラヤ | Comments(0)

マルファ(Marpha)のアップルブランデー   

2018年 05月 30日

ネパールでは「マルファといえばリンゴ、リンゴといえばマルファ」です。
それほどマルファのリンゴは有名です。

そのマルファには大規模な
リンゴ園があり、リンゴ生産には日本のNGOが貢献したことはよく知られています。
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しゃれた白壁造りの建物と石畳が続き、マルファはトレッカーたちにも人気が高い村です。
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リンゴの生産地らしくアップルパイが美味しいです。
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そしてアップルブランデーも有名です・・・実はこれを強調したかった。
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自分の土産に大小2本のアップルブランデーを買って帰りました。
アルコール度数は42%です。
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昨夜は小瓶をロックで飲んでみました。
リンゴの良い香りがして飲みやすかったです。









by nakatuminesan | 2018-05-30 18:47 | ヒマラヤ | Comments(0)

タルチョーが新しく   

2018年 05月 29日

ネパールにはタルチョーがよく似合います。
5色の旗で青・白・赤・緑・黄と順番が決まっていて、青が空、白が風、赤が火、緑が水、黄が地を意味しています。
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それぞれが五大を表現していて、小さな字で経文が書いてある祈祷旗のこと。
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ムクト・ヒマール登山の麓の村マルファで見たタルチョーです。
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この縦のタイプが気に入ったので同サイズをカトマンズで買いました。

古くなった我が家のタルチョーは半年前に切れたままだったので新品を張りました。
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青空が似合うタルチョーなので梅雨空には映えないのが残念です。

真ん中の大きなタルチョーを張るのは初めてで、昨秋のチベット行きのお土産にKさんから頂いたものです。
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by nakatuminesan | 2018-05-29 18:38 | ヒマラヤ | Comments(0)

ヒマラヤ2018 ムクト・ヒマール(6087m) 4.26~5.17 NO.2   

2018年 05月 21日

NO.2登頂~カトマンズ~帰国

58日(火)晴れ BC940・・・1035氷河(5450m)・・・1335HC(5755m)

よい天気で明けた。
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新しい下着を身に付けて(ヒマラヤアタック時は慣例になっている)、鯉のぼりをザックに入れることは忘れない。
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朝食後はHCへ揚げる装備や食料を点検する。
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靴を履いているとラーメンがきた。
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1時間前にトーストと目玉焼きを食べたばかりなのにブツブツ。
半分口に入れるのが精一杯だった。

HCへのサポートにはパサンが同行することになっていたが、昨日のHC往復で足が痛いとかでラメスが上がることになった。
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じゃ 行ってくるよと皆に手を振ると、コックのポラカスが手を握り“Good luck!”。

ガレ場を登ると氷河の末端辺りが見えてきて、ここは2016年秋の最高到達地点直下である。
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だんだん氷河が近くなってきて、ついにやってきたぞと叫びたい気持ちでいっぱいだ。
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氷河を辿り山頂に立ちたいという、小さな夢に向かっている自分がここにいる。

ザレ斜面をトラバースすると氷河には簡単に乗ることができた。
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氷河は緩いが凍った箇所が多いのでアイゼン(ヒマラヤ用チタン製)を装着する。
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チャプテはルート工作があるので先行する。
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氷河は末端部に近いのでアイスフォールやセラック(氷塔)になっている。
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氷河の幅は1キロ以上あり薄く新雪が乗った状態だが、気をつけなければならないヒドゥンクレバスはないようだ。
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ただ強い日射で雪が湿りアイセンが団子になるので疲れる。
ラメスはアイゼンについた雪をピッケルで落としながら後を歩いている。

標高5500mを超える。
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セラックの向こうには青いヒマラヤの空が広がっている。
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ホンデ・ヒマールと6338m峰が見えてくる。
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左に並ぶ奥大日岳から大日岳に似た峰は6128m峰だろう。
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登頂ルートの支稜が見えるようになってきた。
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チャプテが言っていた二つのルートが分かった。
①緩い雪の尾根を左に登る。
②中央の雪壁を突き上げる。

ルート工作があると言っていたので②であろう。
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ホンデ・ヒマールと6338m峰を繋ぐ鞍部が見えてくる。
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標高差400mを4時間かけてHC予定地に着き、風があるので3人でテントを設営した。
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テント設営後はミルクティーを飲み、チャプテはロープをフィックスすると言って出て行った。

動脈血酸素飽和度(
SpO2)の数値は77%だ。
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保険がかかっていないラメスはHCに泊まることはできずBCに下っていった。
明日の朝には登ってくることになっている。

1
時間ぐらいしてテントから出ると雪稜に立つチャプテの姿が見えた。
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部分的に50度ぐらいありそうな雪壁だが、フィックスロープがあれば問題はなさそうだ。
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戻ってきたチャプテに聞いてみる「上はどうだった?」
easyです。フィックスロープの上は緩いので、クレバスもないしメインザイルがあれば大丈夫です。

夕食は五目ごはん&赤貝
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今夜は禁酒!


チャプテはジャガイモを温めている。
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動脈血酸素飽和度(SpO2)の数値は84%と改善された。
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暗くなると風が強まり雪が降りはじめるが、きっと明日は素敵な登頂日和になるだろう。


59日(水)快晴 HC545・・・750支稜(5950m)・・・850ムクト・ヒマール(6087m)905・・・925支稜(5950m)・・・1030HC1150・・・1430BC

長い夜だった。
テントをたたく風と雪の音で目が覚めた。
テントを潰された1年前のヤラピークを思いだしていた。

新雪が20センチ以上積もるとチャプテがフィックスロープを張った斜面は雪崩の恐れがある。
その場合は
支稜の末端から登ればいいが時間がかかるだろう。
風が強くても雪が深くても登頂は無理だろう。
いや時間をかけたら山頂に立てるだろう、そんなことを考えながら過ごす夜は長かった。

眠れたのはたった2時間ぐらいで、この高度での睡眠不足は老体には過酷だ。
風が強くて雪は明け方まで降り続いていた。

幸いにも白みはじめると雪は止み風も少し弱まった。
とはいえテントの外では雪が舞い上がっているが、気温はマイナス15度だから日本の冬山なみである。

インスタント焼きそばとミルクティーで出発する。
振り返ると朝日が当たりはじめたニルギリがツクチェ・ピークの左に見えた。
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降り積もった新雪は1520センチだ。
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岩場のトラバースを終えると急な斜面に入ってゆく。
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朝日が当たった斜面を前にしてチャプテに聞く
「雪崩は大丈夫か?」
「大丈夫です」
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フィックスロープは完全に埋没している。
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チャプテに聞く
「昨日張ったロープはもっと右じゃなかったのか?」
彼はフィックスロープを掘り出そうとするが、上から流れてきた雪に埋まった状態で見つからない。
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そろそろフィックスロープが出てきてもよさそうだ。
そう思ったときチャプテが手を上げた。



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ロープにユマールをセットした。
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「私はゆっくりしか登れないぞ」
チャプテビスターリでOKです。
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フィックスロープの支点はスノーバーではなく、今シーズンは氷が多いためアイススクリューを使っている。
斜度は45度から50度といったところだが、新雪なのでステップが崩れて一歩一歩が重い。

そうだここはヒマラヤなんだから、一歩ごとに呼吸を整えながら高みを目指そう。
立ち止まっては周囲の景色も楽しもう。
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雪壁を登りきると支稜に立った。
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HCが小さく見えていて、そこから1本のトレースが続いている。
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支稜は広い雪の斜面が広がっていて、左奥には山頂らしきが見えている。
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風は10mぐらいで雪煙は舞い上がっていない。
ここで登頂を確信した。

チャプテは軽い足どりで新雪を蹴散らしながら青空に吸い込まれていく。
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6000mを少し超えるだけの小さなピークだが、初めての山に登ることはシェルパにとっても嬉しいのだろう。

山頂直下でチャプテ「あそこが山頂です」と指差した。
「先に行っていいよ。でも最後の一歩は私に残しておいてくれ」
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バックはホンデ・ヒマールと6338m峰
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シタチュチュラ
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ドルパ方面
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ホンデ・ヒマール6556
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ツクチェ・ピーク(右)の左後方はニルギリとアンナプルナ山群
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HCに下るとラメスが待ってくれていて、“congratulation”と登頂を祝福してくれた。

しっかり登頂ルートを眼に焼き付ける。
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たっぷり飲み物を口にして乾いた喉を潤し、ツクチェ・ピークとニルギリを正面にしながら氷河を下っていく。
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再び訪れることのない山域であろう、何度も振り返りながら下ってゆこう。
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氷河が終わったところで小休止して登頂の余韻に浸っていると、チャプテ16日から仕事が入っています。
明日はカロパニに下ります」

信じられない思いを強くした。
予備日を含めて15日まではBCにいてもよく、せめて明日か明後日まではBCでのんびり過ごしたいと考えていたからだ。

そんな雇い主を無視した行動はないだろう、と文句を言おうとしたが山中での喧嘩は避けたいと思いなおした。
コックのポラカスは下痢が続いているらしく、明日の朝の天気に任せようと気持ちを切り替えることにした。

BCでは皆が登頂を祝ってくれた。
最も歳が近いポラカスは抱き合って喜んでくれた。

BCでも10センチの新雪が解けずに残っていた。
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夕食のスパゲティがきたのでビールを頼んだら、なんと驚くことに返事はビールありません。
「何故だ!? まだ23缶あるだろう!」
「マルファを出発した日に馬につけた樽が木にぶつかって、中に入っていたビールが3缶ぐらい壊れました」
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ガーン(> <。登頂記念日なのになんてこった。
ガックリした。
マルファからラム酒を持ち上げていたのは正解だった。

湯割りで一人淋しく祝杯だ。
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のこりのボトルは皆で飲んでくれ。

カアチャンに電話した。
「登ったよ」
「へー すごいじゃん」
「まあな」

510日(木)晴れ時々曇り BC915・・・1220ヒドン・バレー5100m)・・・1455ダンパス・パス・・・1650カロパニ

目覚めると15センチの新雪だ。

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上は20センチ以上あると考えられ、昨日の登頂は幸運だったといえそうだ。

もう訪れることもない
ヒドン・バレーであり、せめて今日ぐらいは休養日としたかった。
チャプテは16日からランタン行きが決まっているらしく、13

日にはカトマンズに帰りたいと思っている。

ゴタゴタはヒマラヤ登山につき物で、なんでも受け入れる度量が必要である。
しかし今回のようなことは初めてで、
この身勝手な行動には怒り以上の感情しかない。

装備をバッグに詰め込んだ。

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テントから出ると撤収が始まっていた。

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明後日はマルファでビールだと気を持ち直し、周囲を見回したあと下山を開始する。

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来るときと違ってヒドン・バレーは銀世界になっていて、白さを増したタシカンも見納めである。
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ツクチェ・ピークは姿を変えてゆく。
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ダンパス・パスの登りになると雪が増えてきて、ポーターたちは何度も小休止を繰り返すようになる。
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ダンパス・パスの手前で振り返ると、曇り空の下にムクト・ヒマールが見えた。
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ヒドン・バレーの峰々よさようなら。
ありがとう。

パスを越える。
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カロパニに着くころには雪が舞いはじめ、コンロがあるキッチンテントでミルクティー。
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体力的だけでなく気持ちも疲れた一日だった。



511日(金)快晴 

カロパニ845・・・1325尾根4800・・・1500ヤク・カルカ1540・・・1920マルファ (ホテル・ローヤルスノーレオパード)

今日も青空が広がる天気になっている。
今回は雪の降る日が多くてツクチェ・ピークは入山時よりも白さを増している。
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年下のラクパがミルクティーをテントに持ってきて、“Good morning Sir”と言われたのには大笑いしてしまった。

いつも食事やお茶を運んでくるのは23歳のパサンだった。
彼は私のことを“オジサン”と呼ぶのであった。
また2013年秋のタシカンⅠ峰では、ポーターの
ディパには“外国さんと呼ばれたから面白い。

ポラカスは眼の不調を訴えて歩くことができないという。
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下痢に続いて眼の不調とは高度障害にちがいない。
すでにレスキューヘリは呼んでいて、10時までには飛んでくることになっている。

年上のラクパと出発する。
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雪は表面だけが硬いモナカ状態で、一歩ずつ穴を開けて進むから時間を要しそうだ。

しばらくすると年下のラクパとラメスが追いついた。
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いくら強いポーターたちとはいえ日差しで雪が緩むと登りは大変で、彼らは荷を降ろして空身でトレースをつけて進む。
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ダンパス・ピークを目指す男女12名の北海道隊とすれ違う。
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「日本人ですか?」
「そうですよ」
「ダウラギリ一周ですか?」
「ムクト・ヒマールです」

長いトラバースを終えると尾根に立ち、ついにツクチェ・ピークとダウラギリⅠ峰ともお別れだ。
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このダンパス・ピーク南面のトラバースは4度目だが、今回ほど長く感じたことはなかった。

ヤク・カルカには北海道隊のテントが張られていて、留守番からサービスされた飲み物が乾いた喉に有難かった。
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北海道隊は雪のためヤク・カルカで4泊したそうだ。
今日はカロパニ付近で泊まり、ダンパス・ピークのアタックは明日らしい。
彼らのうち何名がダンパス・ピークに登れるだろうか。

30
分あまり下ったところからジョムソンの町が見渡せるが、ここから麓のマルファの村までの遠いことを知っている。
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いくら下りとはいえ登頂から休養日なしでは老体には過酷すぎて、マルファの直線道路が見えてからでも30分では着かないだろう。
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ついに暗闇に包まれたマルファに下山する。
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ホテルが建つ村はずれまでの石畳の長かったこと遠かったこと。

まずはビールで乾杯だ!
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チキンに飢えていたので4皿目。
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ついにレスキューヘリは来なかった。
ポラカスには二人のパサンが付き添って、歩いてヤク・カルカまで下ったと聞いた。

明日の昼ごろにはマルファに着くという。
3人とも空身で下ったため多くの荷物はカロパニに置いてあり、明日の行動を相談する皆の顔は真剣そうである。
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明日のマルファ滞在が決まった。


512日(土)マルファ滞在

チャプテ、2人のラクパ、ラメスの4人がヤク・カルカまでポラカスを迎えに上がる。

久しぶりにダルバートを食べた。
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5回目になるマルファの村は散歩をする気にもなれない。

マルファはリンゴの産地として知られているが、標高が高いからか小さいのが特徴だ。
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地図を広げてコーヒーを飲みながら過ごす。
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午後のバスでカトマンズへ帰る2人のラクパが戻ってくる。
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午後1時になるとポラカスが帰ってきて、かなり疲れた表情をしていたけれど一安心。
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しかし肺水腫の疑いがあるので明らかに高山病である。

ポラカスの無事を確認したので空きっ腹に焼き飯とビールを注文した。
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ホテルの前にはマニ車が並んでいる。
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マニ車⇒チベット仏教の信者がお祈りに使う道具で円筒形をしている。
内部にはロール状の経文が納められていて、これを回すだけでお経を唱えたのと同じ功徳がある。
大きさは手に持てるものから数十センチ、寺院などでは数メートルもの大きなマニ車が設置されている。
チベット仏教の場合は「オンマニ ペメ フム」(阿弥陀仏の意)と唱えながらマニ車を右回りに回転させる。
またチベットのカイラスなどの聖地は右回りに巡礼する。

荷物を運ぶロバや馬が行き交っている。
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午後になると必ず強風が吹き荒れるので、馬たちも目を細めて風に向かっている。
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レスキューヘリはポラカスと付き添いのパサンを乗せ、カトマンズに向かって飛び立った。
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ラメスと若いパサンは荷を降ろしにカロパニに向かっていて、ホテルに戻ったのは夜の8時になった。

北海道隊
による今日のダンパス・ピーク登頂は敗退で、全員揃って明日はヤク・カルカに下るそうである。


513日(日)マルファ840⇒⇒1020ARJUNG12:20⇒⇒1715ベニ(ムスタンホテル)

荷物を屋根に積んでベニに向かうバス。
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直線道路からは一昨日下った斜面が眺められ、もう来ることもないマルファの村よさようなら。
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道路工事のため手前のARJUNGで早い昼食にする。
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ビールを頼むと羊の肉が出るけれど、ネパール人向きなのか年寄りには固かった。 
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ダルバート⇒ダル(豆のスープ)、バート(ご飯)、タルカリ(野菜のおかず)、アチャール(漬物)がセットになっている。
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ダルバートはネパールの日常食になっていて、どんどんおかわりを勧めてくることが多い。

腹いっぱいで食べられなくなり“プギョ”と言ったところ周囲から笑いが起きた。
country?」
Japanese

プギョ⇒⇒もういっぱいです
ミトチャ⇒⇒美味しいです

悪路をノロノロ走り続けたバスは好きになれないベニに着いてしまう。
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どうせまたゴキブリ登場なんだろうから、酔って眠ってしまうが勝に決まっている。
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ベニの町は暗くなっても賑わっている。
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何を目的に人々は集まっているのだろう。
何があって歩いたり座ったりしているのだろう。
買い物、仕事、旅人・・・?

そういう自分もその一人なのだろう。


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明日はカトマンズだ。


514日(月)ベニ615⇒⇒1030ポカラ⇒⇒1250ランチ1330⇒⇒1800カトマンズ(ホーリーヒマラヤホテル)

5列シートのハイエースに20人を乗せて一路カトマンズへ。
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途中で揚げ物の朝食を(固くて味はいまいちでお勧めできない)
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ポカラを過ぎると70キロぐらいの速度で走れる場所もあるけれど、地図にはハイウェイと記されているが日本とは大違い。
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もちろんランチはダルバート。
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昨日の悪路に比べて揺れはなかったが、10時間を超える走りにクッタクタで着いたのはカトマンズ。
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シャワーのあとで行き先は日本食レストラン「一番」だ。
注文は27日と同じエベレストビールに焼き鳥&あげだしとうふ。
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塩で焼いてくれと頼んだ焼き鳥は、またしても前回同様タレときたから困ったものである。

でも美味しかった。




515日(火)カトマンズ滞在

昼は雰囲気を変えて近くのレストランに入ってみる。
オンマニペメフムを耳にしながら一人旅の終わりを感じていた。

日本人向けに味付けしてくれたのか、チキンカレーはあまり辛くはなく美味しかった。
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ビールも頼んで900ルピー。

午後はチャプテと政府観光省(登山局)へ行く。
例の
お偉いさんみたいなオジサンがcongratulation”と登頂を祝福してくれた。

登頂証明書は明日になるとかで残念に思ったが、“
See you again”と握手を求められた。
なかなかカワイイところもあるじゃないか。

ホテルに帰るとダワと1年前のランタンを一緒したタワが来た。
彼らは日本人8名とムスタンへ行っていて、先ほど帰ってきたばかりであった。
ムクト・ヒマールの登頂を祝ってくれた。

ダワに質問をした。
チャプテが勝手に予定を変更し、16日からランタンへ行くことを知っていたのかだ。
返事はまったく知らないことであり驚いていた。
もうチャプテを使わないと平謝りだった。

ダワは日本人8名との夕食会で忙しく、タワと日本料理を食べにいったらと勧められた。
タワは日本語を少しは理解できるのだが、お互いに気遣いするだろうから断った。
それにカトマンズ最後の夜は一人で静かに過ごしたかった。


またしても徒歩3分の「一番」だ。
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昨夜の店員がいてニヤニヤ薄笑いを浮かべている。

ビールを注文すると小皿が出てツケモノです。
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二晩続くとアテが付くんだな。

昨日と同じ焼き鳥を頼む。
昨日は
ソルトではなくタレだったじゃないか。
いいかソルトだぞ、絶対にSaltだぞ、
ソルトで焼いてくれと繰り返した。

分かったような顔をしたので今夜は塩の焼き鳥だ!
ところが出たのはタレときた。
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文句を言うと「ソルトありません」ときた。

野菜(キャベツ、ニンジン、玉葱、ピーマン)炒めがきた。
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塩と胡椒の味付けが絶妙で、よくもソルトありませんと言ったもんだ。
あきれて文句を言う気になれないとはこのことだ。

食後に日本茶すら出てこない。
オーナーの経営方針に問題ありである。



516日(水)カトマンズ〔TG3201330⇒⇒1815バンコク〔TG6222330⇒⇒

ダワとタワがホテルにやってきた。

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ムクト・ヒマールの登山許可書と登頂証明書を受け取った。

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忘れた買い物はないかと聞かれたので、欲しいと思っていたサイズのタルチョーを買いに行ってもらう。
マルファで見た縦に張るタイプである。

ダワは日本人の対応で忙しく、また来るからねと握手で別れた。
空港にはタワが送ってくれた。
タワは夏には薬師岳山荘で働くことになっていて、必ず日本に来てくださいと声をかけた。

帰国便はこれまで何度も乗ったタイ航空。
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次のネパールはいつになるだろうか・・・

517日(木)⇒⇒700関空840⇒⇒1115徳島駅



帰国した翌18日、ダワから電話があった。
ムクト・ヒマールのことを観光省で調べた結果報告だ。
日本人としての登頂は初めてです。日本人以外に登った人はいるそうですが、国や人数など詳しいことは分かりません。」・・・だった。

8000
m峰などでは登頂や敗退の詳細な記録が残される。
たとえば2008年秋のマナスルでは〔
9 マナスル8,163 N 秋北東面1 鶴木博10/26,400mで断念。〕となっている。

ムクト・ヒマールは
地図には山名表示があるとはいえ、6000mをわずかに超えるだけの小さなピークである。
2年前にはダワに頼んで多くのシェルパたちに聞いてもらったが、登ったシェルパがいないどころか場所さえ知られていない山である。
しかし手垢のついていない山をヒマラヤで展開できたことに満足している。






by nakatuminesan | 2018-05-21 11:13 | ヒマラヤ | Comments(6)

ヒマラヤ2018 ムクト・ヒマール(6087m) 4.26~5.17 NO.1   

2018年 05月 18日

隊の名称:ツルちゃんムクト・ヒマール6087m登山隊2018

     Tsuruchan Mukot Himal 6087m EXPEDITION 2018

目標の山・ルート   ムクト・ヒマール6087mの東面ルートからの登頂

隊の構成       隊員 1

           クライミング・シェルパ 1

           コック 1名 

           キッチン1

           ポーター4

馬使い1

4

エージェント

Peak Summit Trekand Mt. Pvt.ltd Kathmandu Nepal

Mr. Dawa sherpa (日本語対応)Tel:977-985-10-69681  


ムクト・ヒマールの概要



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ムクト・ヒマールはダウラギリ山群にあり、2005年に登頂したツクチェ・ピークの北西11キロ、カリ・ガンダキ沿いの村マルファの西北西21kmにある。

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標高は低くて小さなピークであるためか、インターネットで調べても登山記録はおろか資料はまったくない。
ホンデ・ヒマールの西を源頭とする氷河が南に流れており、この氷河を辿れば東面に延びる支稜からの登頂が可能と考えた。
これは2005年秋のツクチェ・ピーク6200m付近からの画像である。

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以前から氷河を辿り登頂するという小さな夢をもっていた。
実は2年前の秋にも友人2名と向かったが、その2名が高山病のためBCから下山したということがあり、今回は単独で再挑戦することになった山である。

ムクト・ヒマールはネパール山岳登山協会(NMA)の管轄でなく、6500m以下にも拘らず政府登山局から登山許可を取る必要がある。
そして登山手数料$250の支払いと、環境保護協力のデポジットとして$500を別途納めることが求められる。
この500は不燃物を持ち帰り、登山終了後の手続きで戻ってくる。

アプローチ

登山口となるマルファの隣村ジョムソンへはポカラから飛行機がある。
しかし悪天候によるフライトの欠航があり、金欠登山隊でもあるのでカトマンズからバスによる陸路とした。

装備

個人装備は日本から持っていく。


エージェントが準備する主な装備

キッチンテント

個人テント

メインロープ(8mm×50m)1

フィックスロープ(8mm)600

⑤スノーバー(60cm)7

⑥アイススクリュー6

酸素(ロシア製3L、300気圧、900Lシリンダー)1本 (緊急医療用)

食料

登山中の食事はコックが料理する。

日本からは梅干や塩こんぶなど少量の日本食を用意した。

2013年秋のタシカンⅠ峰のときと同じスタイルである。


NO.1(徳島~カトマンズ~BC)

426日(木)徳島駅845⇒⇒1130関空1410中国南方航空(CZ)0390便1705広州2010中国南方航空(CZ)3067便2215カトマンズ・トリブバン空港⇒⇒ホーリーヒマラヤホテル

これまではタイ航空を利用していたが、バンコクでの乗り継ぎに時間がかかるので、広州での乗り継ぎ時間が短い中国南方航空を初めて使うことにした。
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ビールやワインに機内食のサービスに変わりはなく、夜中近い時刻にカトマンズに到着する。
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427日(金)カトマンズ滞在

ゆっくりした朝食のあと4万円をルピーに換金した。
40000円⇒38400ルピーだから1円=0.96ルピー≒1ルピーと計算が簡単だ。
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カトマンズの慢性的な混雑は変わらなく、ダワとチャプテ・シェルパと一緒に政府観光省(登山局)へ行く。
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「こんな年寄りが登るのか!?」とでも思ったのか、お偉いさんみたいなオジサンが何度も私の顔を覗き込む。
なんだ登ってやるぞと思いながら書類にサインをした。
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夜のタメルでストック(2本で1000ルピー)を買った。
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夕食はホテルから徒歩3分にある日本食レストラン「一番」
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エベレストビール
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あげだしとうふ
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焼き鳥を塩で焼いてくれと頼んだのにタレなのにはガックリした。
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ビール2本にご飯&みそ汁で1700ルピーだった。
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428日(土)カトマンズ720⇒⇒1210ランチ1250⇒⇒1520ポカラ⇒⇒1940ベニ(ムスタンホテル)

バスターミナルからツーリストバスでベニに向かう。
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雨のカトマンズを出発するとすぐに止み、途中の昼ごはんはダルバート。
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ベニの手前でパンクしたりして、時間がかかって着いたホテルは前回と違って安心する。
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どうもベニの町は好きになれないでいる。
なぜならゴキブリが出る部屋はコリゴリだからである。
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しかしゴキブリは出たからベニの町は最後にしたいものである。

429日(日)ベニ700⇒⇒1210ランチ1250⇒⇒1540マルファ(ホテル・ローヤルスノーレオパード)

マルファへ向かうローカルバスには何度も乗っているが、いつも決まって満員寿司詰め状態であり増便しないのが不可解だ。
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1年ほど前から道路の拡幅工事が行われていて、何度もの通行時間制限により通常よりも2時間以上を要してマルファに到着する。
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あのサイズのタルチョーが欲しいと思った。
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ホテルに入るなりコックの指示で食料の整理分担が行われた。
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缶ビール1ダースがあることを確認した。


夕食が終わるとスタッフの紹介があった。
サーダー(クライミング・シェルパ)チャプテ(33)・・・初めてのシェルパで8000m峰には登頂していない。
アマダブラムやトロンピークなどの経験は豊富。
日本語は堪能である。

コックポラカス(48)・・・昨春のランタンに続き2度目である。
日本語は少し話せるが理解力には欠ける。

キッチンパサン(23)・・・2013年秋のタシカンⅠ峰や2016年秋のダウラギリ一周などを共にして今回で4度目。

ポーターラクパ(43)、ラクパ(33?)、ラメス(24)、パサン(18)は今回の最年少。

そして明日は馬使いが4頭の馬を連れてくる。
全員で9名と馬4頭の小さな登山隊である。



4

30日(月)曇り時々晴れ マルファ(2680m)805・・・1200アルバリ・カルカ(3690m)1330・・・1540ヤク・カルカ(4130m)

朝食はトースト2枚&目玉焼き2個にミルクティー。

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山の中でもこの朝食がほとんどになるのは毎回のことである。

すでにスタッフたちの荷物はできていて、ドッコ(竹で編んだ籠)が外に並べられる。

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野菜もあるから便秘にはならないだろう。
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馬が来ないのでポーターたちと出発する。

カンニ(
仏塔門)をくぐって村に入るとホテル・サンライズがあり、これまでに2度泊まったことがある宿である。
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すぐに石段の登りになると半月間の登山が始まるのである。
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5年前のタシカンⅠ峰を思い出すが、今回はどんな試練が待ちうけるのだろうか。

マルファの村が小さくなってくる。
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北岳と同高度!
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男ばっかりだがワイワイ賑わしい。
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5年前の秋には上空を何百羽ものカランクルンが飛ぶのを見たあたりである。

ニルギリは雲に隠れている。
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アルバリ・カルカで昼ごはん。
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野菜スープ
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サンドイッチ&ジャガイモ&トマト
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馬がやってくる。
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やがて富士山よりも高くなる。
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ポーターのラクパは33歳と言っているが、これは40代後半としか思えない。
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身体は華奢だがドッコは35キロぐらいありそうだ。

ヤク・カルカに到着すると雪が舞い始め、鯉のぼりはテントの中で待機中。
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ビールの前にみそ汁が出たのでチャプテに文句を言った。
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夕食の純和風カレーライスは美味しくて文句なし。
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そして温めなおしたみそ汁が出た。
話し相手もいないオレは11缶のビールとメシぐらいしか楽しみはないんだと言ってやりたかった。


51日(火)晴れ ヤク・カルカ滞在 テントサイト830・・・10004425m)1020・・・1055テントサイト

なぜか昨夜は浅い眠りだったが、洗面器の湯で顔を洗うと目が覚める。
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テントの周辺にはサクラソウが咲き誇っている。
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天気がいいので鯉のぼりはテントの外がいいだろう。
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馬は荷揚げに向かう。
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高度順応のため滞在だが300mほど上までを往復してみよう。
誰かを付けようかとチャプテに言われたが、勝手知ったる場所だから大丈夫と断った。

小さな黄色い花が咲く草つき斜面を登ると尾根に乗る。
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標高4425m地点で行動を止めた。
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ニルギリを眺めながらバナナを口にした。
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2013年の春に越えたトロン・パス方面がよく見えた。
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テントサイトに戻ると出たのは昼食で、コックに注文していた野菜テンプラのうどん。
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日本茶
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食後のデザートは昨春のランタンでもよく出たザクロ。
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馬使いたちが戻ってきたので聞くと上は雪が多いそうだ。
尾根からトラバースが始まる場所(標高4800m付近)までしか馬が進めず、そこに荷物をデポしてきたそうである。

昼飯のあと馬たちはマルファへ下っていった。

夕食時には昨日の文句が利いたのか、ビールに焼き肉みたいなアテが出た。
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焼き飯とみそ汁が同時にきたので納得したというか当たり前である。
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今年は雪が多くてBCまでは予定よりも遅れそうである。

52日(水)曇り時々晴れ

ヤク・カルカ830・・・1110尾根4800m・・・1520カロパニ(4900m)

朝食にお粥を頼んだところトーストと目玉焼きまで出たのには驚いた。
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さあカロパニに向けて出発だ。
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昨日の高度順応で登った尾根に乗り、一休みすると雲の切れ間からニルギリが姿を現した。
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高度を上げてゆくと雪が現れて、行く手にはツクチェ・ピークとダウラギリも白い峰を見せている。
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標高4800mからダンパス・パスへの長いトラバースが始まる。
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馬が荷揚げした場所で荷物の整理と荷造りを行う。
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担ぎきれない荷物はデポしてシートで覆って置いてゆく。
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長いトラバースの始まりだ。
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雲の切れ間からダンパス・パス方面が眺められる。
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ランチ
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カロパニが近くなると雪は少なくなってくる。
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しかし硬い雪の箇所が現れて、ピッケルで足場を作りポーターたちを通過させる。
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ツクチェ・ピークを目の前にしたカロパニに到着する。
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スパゲティを頼むがないのでパスタで我慢するが、5年前と同じように食欲はまったくないしビールもダメときた。
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53日(木)雪 カロパニ滞在

ポーターたちは昨日のデポ地を往復することになっていたが、朝から雪降りのためカロパニ滞在となる。
新雪は10センチと多くはないのだが、昼前にいったん止んだ雪は再び降りだした。
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ツクチェ・ピークも雲に覆われたままである。
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暗くなるころニルギリが見えるようになり、明日の好天は約束されたようである。
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54日(金)晴れ カロパニ滞在

快晴で明けた。
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昨夜は畑の夢を見た。
なんとジャガイモがサツマイモに化け、キヌサヤとグリーンピースが全部なくなっている内容だった。
まさか高度の影響じゃないとは思うのだが・・・

8時前にはポーターたち5名がデポ地へ向かった。

ダウラギリ一周の英国人2名がシェルパたち4名と共に通過する。
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昼すぎになりポーターたちが帰ってきた。
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夜はビールにスパゲティ。
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いよいよ明日はダンパス・パスを越えヒドン・バレーだ。

55日(土)快晴 カロパニ810・・・1015ダンパス・パス(Dhampus Pass)5244

・・・11:20 ヒドン・バレー(Hidden Valley)5100m)

どうだと言いたくなるほど見事に晴れ渡った。

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今日も運びきれない荷物を置いてゆく。
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昨日の好天で雪がかなり融けた道をツクチェ・ピークに向かって進む。
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ついに高度は5000mに達した。
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広い尾根状を右に回り込むとダンパス・パスが広がって、その向こうに白い姿で迎えてくれるのはヒドン・バレーの山々だ。
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パスが近くなると2005年秋に登頂したツクチェ・ピークの西峰が見えるようになってくる。
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ダンパス・パスは広い雪原になっていて、平坦になってからタルチョーがある場所までの遠いこと。
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ついにやって来たぞという思いがした。
2年前の秋には失意と無念を胸に越えたダンパス・パスである。

右手には2013年秋に登頂したタシカンⅠ峰も見えてくる。
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ムクト・ヒマールはどこだとチャプテとポラカスが聞いてくる。
あの正面に見えている三角のピークだと教えてやる。
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簡単そうな山容にチャプテは絶対に登れますと断言した。

ムクト・ヒマールは標高も6000mをわずかに超えただけで
周囲の山々よりも低く、地図に山名が記されているだけの目立たないピークである。
なぜこんな山に引かれるのだろう。
それは2005年秋のツクチェ・ピークのとき撮った1枚の写真だった。
自分には氷河に浮かぶ山に映ったからであり、氷河を辿らなければ登れない山であったからである。

ダンパス・パスに立つと気持ちが高揚するかと思っていたが、意外と落ち着いている自分に気がついた。
今回こそ登れるような思いがするが、まだ始まったばかりだし油断禁物集中しなければ。

またしてもチャプテがあの山の名は?と聞いてくる。
シタ・チュチュラ6611mで日本隊が初登頂したんだよと自慢げに答えてやった。
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すぐ横のダンパス・ピークに何度も登っているくせに、よくシェルパが務まるものだ・・・少しは地図を調べて山を覚えろよと言いたかった。

平地の半分しかない酸素量に喘いでいるというのにポーターたちは駆け下ってゆく。
高度を下げてゆくとヒドン・バレーのキャンプ地だ。
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テントサイトからはタシカンやツクチェ・ピークを眺められる。
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水は近くに流れている。
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ランチはチキンラーメン&ジャガイモ。
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パサンと身振り手振りで2016年秋のダウラギリ一周の話題に盛り上がった。
彼が楽しく話すのは
ジャパニーズ(Japanese)BC手前の渡渉が面白かったことである。

午後は退屈なので散歩する。
セーター植物かな?
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夜は五目ちらしすし
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コロッケ
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56日(日)快晴 ヒドン・バレー滞在

今日も快晴。
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カロパニに残した荷物を運ぶためポーター4名が7時半に出発する。
4日にBC着の計画だったが雪のため馬が入れなく、ポーターたちによるピストン輸送に頼っている。

明日はBC入りできるが3日遅れになってしまう。
今の好天を登頂につなげたい。
チャプテは日程に余裕があるから大丈夫を強調するが、そうそう安心してもいられない。
なぜなら一度でも大雪になると登頂どころでなくなるからであり、マルファへの下山が困難になり必死の脱出劇となる。

過去にも多くの登山隊やトレッカーが遭遇している事実である。
ダンパス・ピーク6012mを目指した隊がヤクカルカで大雪に遭い、前に進むことが出来ずトレッキングに転進したことは多くある。
またレスキューヘリによる脱出を経験した登山隊もある。

個人的には2008年のマナスル敗退も大雪によるものであった。

ここはヒマラヤなんだ心配しても仕方ないと腹をくくり、ケセラセラのんびり過ごすことにする。
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昼ごろポーターたちが帰ってくる。
ダンパス・ピーク(画像中央)の右がダンパス・パス。
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昼はテンプラうどん。
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ビールは毎晩やっている。


5月7日(月)快晴 ヒドン・バレー810・・・1130BC(5350m)

朝焼けに輝くツクチェ・ピークが今日のBC入りを祝ってくれているようである。
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いつもと同じように朝食前のミルクティーに続いて湯が出た。
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髭が伸びているが剃るのはBC入りした午後がよいだろう。
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モレーンに上がるとツクチェ・ピークの右に眺められるのはダウラギリⅠ峰8167mだ。
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シタ・チュチュラから右に6000m級の峰が連なっている。
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フレンチ・パス(FrenchPass)5360
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ツクチェ・ピークの本峰は姿を消し、JPと西峰の眺めに変わってゆく。
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ムクト・ヒマールに向かってヒドン・バレーを緩く登っていく。
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ホンデ・ヒマール6556mが右奥に山頂を出している。
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三角形をしたムクト・ヒマールが迫ってくる。
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ポラカスとゆっくり進めばいいので気が楽だ。
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キッチンテントが張られたBCに到着。
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残念ながらBCからムクト・ヒマールを眺めることはできない。
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2016年秋のキッチン跡が残っている。
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鯉のぼりも嬉しそう。
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テントからはツクチェ・ピークが正面だ。
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ラクパ、ラメス、パサンの3名のポーターが残りの荷物を取りにいく。
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チャプテとキッチンのパサンがルートチェックに行く。
できるだけ標高5800mぐらいまで登り、登頂ルートとなる
支稜を確認するように指示して写真と地図を持たせた
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夕方にはポーターやチャプテたちが戻ってきた。
HC(ハイ・キャンプ)予定地の標高5770m付近まで登ったらしい。
チャプテ・・・登頂ルートは二つあります。どうしますか? 
簡単なルートにしてくれと返事をした。

明日は休養日としたかったがこの好天を逃したくない。
明日はHCへ上がることに決まった。
山頂アタックは明後日だ。

二日間の好天を祈ろう!
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家に電話をした。
「今日BC入りした」
カアチャン「明日から登るん?」
「そうだ」
カアチャン「頑張りよッ!」


by nakatuminesan | 2018-05-18 13:21 | ヒマラヤ | Comments(2)

帰国しました   

2018年 05月 17日

59日の午前850分、ネパール中西部に位置するダウラギリ山群のムクト・ヒマール(6087)に登頂しました。
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コックの高山病やシェルパの勝手な予定変更のため、日程を短縮して6日早く帰国しました。


カトマンズのエージェントによると日本人としての登頂は初めてではないかということです。
また
マイナーピークであるため登山許可願いや登頂記録が不確かで、観光省での調査にしばらく要しそうです。

①出国~BC ②登頂~帰国 で報告する予定です。

by nakatuminesan | 2018-05-17 14:40 | ヒマラヤ | Comments(2)

明日からネパールへ   

2018年 04月 25日

出発を前にして最後のチェックに畑に出掛けました。

昨日の雨で発芽したばかりのゴーヤを植え付けたり、トマトやナスの畝に支柱を立てました。
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玉葱は6センチ大に育っているので収穫は一ヶ月後でしょうか?
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初めて栽培するグリーンピースは鈴なりで、これは5月中ごろから収穫できそうです。
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帰ろうとしていると師匠から呼び止められ、白ナスの苗を頂いたので植えました。
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雑草や生育状況が気になる留守中ですが、重いザックを背負えたオバサマたちが2回ほど来てくれるそうで助かります。

よろしくお願いしま~す(^_^;)

523日に帰国予定です。

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by nakatuminesan | 2018-04-25 16:54 | ヒマラヤ | Comments(2)