2015年 01月 08日 ( 2 )   

1月の計画(5)   

2015年 01月 08日

1月14日(水)・・・剣山(雪山 行動4時間)集合:文化の森7時

★今シーズンは平年に比べて積雪が多く、真っ白に雪化粧した次郎笈や矢筈山など祖谷山系の展望が広がります。
TEL:090-7782-6031
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by nakatuminesan | 2015-01-08 17:17 | 募集企画 | Comments(0)

極地法   

2015年 01月 08日

極地法とは初期の南極や北極探検に用いられたPOLAR SYSTEMあるいはPOLAR METHODと呼ばれる方法である。

ベースキャンプ(基地)から次々に前進キャンプ(拠点)を設営しながら進み、各キャンプ間を往復して食糧や装備などの物資を運び、最後にアタック隊を出して目標に達したのち全員がベースキャンプに戻る。

これを最初に登山に用いたのは1922年、イギリスの第二次エベレスト登山隊だった。
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何度もエベレスト隊を送り込んだイギリスだが失敗し、酸素装備の改良や登攀技術の向上による強い意気込みで1953年隊を送り出している。

エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイは1953年5月29日午前11時30分に初登頂に成功したが、このときの最終キャンプは標高8400mに張ったキャンプ7であった。
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商業登山が盛んな近年ではネパール側のキャンプは5300mのBCを出た後はC1(6000m)、C2(6500m)、C3(7300m)と上げてゆき、サウス・コルのC4(8000m)からのアタックが通常である。
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今では聞くことのなくなった極地法であるが、学生のころは採用されていたようである。
45年ぐらい前の古い話になってしまうが、冬山はキャンプの間を4~5時間行動していればよいから楽でいい、といった学生の記事が岳人に書かれていた記憶がある。

現役時代の冬山合宿で鹿島槍ヶ岳に向かったときBCは西俣出合、C1は高千穂平、冷池山荘のC2から山頂をアタックした。
今になって思えば一度だけ経験した極地法だったようである。
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by nakatuminesan | 2015-01-08 14:49 | 昔むかし | Comments(0)