ヒマラヤ2018 ムクト・ヒマール(6087m) 4.26~5.17 NO.1   

2018年 05月 18日

隊の名称:ツルちゃんムクト・ヒマール6087m登山隊2018

     Tsuruchan Mukot Himal 6087m EXPEDITION 2018

目標の山・ルート   ムクト・ヒマール6087mの東面ルートからの登頂

隊の構成       隊員 1

           クライミング・シェルパ 1

           コック 1名 

           キッチン1

           ポーター4

馬使い1

4

エージェント

Peak Summit Trekand Mt. Pvt.ltd Kathmandu Nepal

Mr. Dawa sherpa (日本語対応)Tel:977-985-10-69681  


ムクト・ヒマールの概要



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ムクト・ヒマールはダウラギリ山群にあり、2005年に登頂したツクチェ・ピークの北西11キロ、カリ・ガンダキ沿いの村マルファの西北西21kmにある。

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標高は低くて小さなピークであるためか、インターネットで調べても登山記録はおろか資料はまったくない。
ホンデ・ヒマールの西を源頭とする氷河が南に流れており、この氷河を辿れば東面に延びる支稜からの登頂が可能と考えた。
これは2005年秋のツクチェ・ピーク6200m付近からの画像である。

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以前から氷河を辿り登頂するという小さな夢をもっていた。
実は2年前の秋にも友人2名と向かったが、その2名が高山病のためBCから下山したということがあり、今回は単独で再挑戦することになった山である。

ムクト・ヒマールはネパール山岳登山協会(NMA)の管轄でなく、6500m以下にも拘らず政府登山局から登山許可を取る必要がある。
そして登山手数料$250の支払いと、環境保護協力のデポジットとして$500を別途納めることが求められる。
この500は不燃物を持ち帰り、登山終了後の手続きで戻ってくる。

アプローチ

登山口となるマルファの隣村ジョムソンへはポカラから飛行機がある。
しかし悪天候によるフライトの欠航があり、金欠登山隊でもあるのでカトマンズからバスによる陸路とした。

装備

個人装備は日本から持っていく。


エージェントが準備する主な装備

キッチンテント

個人テント

メインロープ(8mm×50m)1

フィックスロープ(8mm)600

⑤スノーバー(60cm)7

⑥アイススクリュー6

酸素(ロシア製3L、300気圧、900Lシリンダー)1本 (緊急医療用)

食料

登山中の食事はコックが料理する。

日本からは梅干や塩こんぶなど少量の日本食を用意した。

2013年秋のタシカンⅠ峰のときと同じスタイルである。


NO.1(徳島~カトマンズ~BC)

426日(木)徳島駅845⇒⇒1130関空1410中国南方航空(CZ)0390便1705広州2010中国南方航空(CZ)3067便2215カトマンズ・トリブバン空港⇒⇒ホーリーヒマラヤホテル

これまではタイ航空を利用していたが、バンコクでの乗り継ぎに時間がかかるので、広州での乗り継ぎ時間が短い中国南方航空を初めて使うことにした。
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ビールやワインに機内食のサービスに変わりはなく、夜中近い時刻にカトマンズに到着する。
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427日(金)カトマンズ滞在

ゆっくりした朝食のあと4万円をルピーに換金した。
40000円⇒38400ルピーだから1円=0.96ルピー≒1ルピーと計算が簡単だ。
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カトマンズの慢性的な混雑は変わらなく、ダワとチャプテ・シェルパと一緒に政府観光省(登山局)へ行く。
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「こんな年寄りが登るのか!?」とでも思ったのか、お偉いさんみたいなオジサンが何度も私の顔を覗き込む。
なんだ登ってやるぞと思いながら書類にサインをした。
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夜のタメルでストック(2本で1000ルピー)を買った。
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夕食はホテルから徒歩3分にある日本食レストラン「一番」
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エベレストビール
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あげだしとうふ
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焼き鳥を塩で焼いてくれと頼んだのにタレなのにはガックリした。
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ビール2本にご飯&みそ汁で1700ルピーだった。
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428日(土)カトマンズ720⇒⇒1210ランチ1250⇒⇒1520ポカラ⇒⇒1940ベニ(ムスタンホテル)

バスターミナルからツーリストバスでベニに向かう。
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雨のカトマンズを出発するとすぐに止み、途中の昼ごはんはダルバート。
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ベニの手前でパンクしたりして、時間がかかって着いたホテルは前回と違って安心する。
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どうもベニの町は好きになれないでいる。
なぜならゴキブリが出る部屋はコリゴリだからである。
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しかしゴキブリは出たからベニの町は最後にしたいものである。

429日(日)ベニ700⇒⇒1210ランチ1250⇒⇒1540マルファ(ホテル・ローヤルスノーレオパード)

マルファへ向かうローカルバスには何度も乗っているが、いつも決まって満員寿司詰め状態であり増便しないのが不可解だ。
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1年ほど前から道路の拡幅工事が行われていて、何度もの通行時間制限により通常よりも2時間以上を要してマルファに到着する。
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あのサイズのタルチョーが欲しいと思った。
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ホテルに入るなりコックの指示で食料の整理分担が行われた。
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缶ビール1ダースがあることを確認した。


夕食が終わるとスタッフの紹介があった。
サーダー(クライミング・シェルパ)チャプテ(33)・・・初めてのシェルパで8000m峰には登頂していない。
アマダブラムやトロンピークなどの経験は豊富。
日本語は堪能である。

コックポラカス(48)・・・昨春のランタンに続き2度目である。
日本語は少し話せるが理解力には欠ける。

キッチンパサン(23)・・・2013年秋のタシカンⅠ峰や2016年秋のダウラギリ一周などを共にして今回で4度目。

ポーターラクパ(43)、ラクパ(33?)、ラメス(24)、パサン(18)は今回の最年少。

そして明日は馬使いが4頭の馬を連れてくる。
全員で9名と馬4頭の小さな登山隊である。



4

30日(月)曇り時々晴れ マルファ(2680m)805・・・1200アルバリ・カルカ(3690m)1330・・・1540ヤク・カルカ(4130m)

朝食はトースト2枚&目玉焼き2個にミルクティー。

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山の中でもこの朝食がほとんどになるのは毎回のことである。

すでにスタッフたちの荷物はできていて、ドッコ(竹で編んだ籠)が外に並べられる。

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野菜もあるから便秘にはならないだろう。
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馬が来ないのでポーターたちと出発する。

カンニ(
仏塔門)をくぐって村に入るとホテル・サンライズがあり、これまでに2度泊まったことがある宿である。
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すぐに石段の登りになると半月間の登山が始まるのである。
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5年前のタシカンⅠ峰を思い出すが、今回はどんな試練が待ちうけるのだろうか。

マルファの村が小さくなってくる。
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北岳と同高度!
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男ばっかりだがワイワイ賑わしい。
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5年前の秋には上空を何百羽ものカランクルンが飛ぶのを見たあたりである。

ニルギリは雲に隠れている。
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アルバリ・カルカで昼ごはん。
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野菜スープ
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サンドイッチ&ジャガイモ&トマト
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馬がやってくる。
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やがて富士山よりも高くなる。
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ポーターのラクパは33歳と言っているが、これは40代後半としか思えない。
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身体は華奢だがドッコは35キロぐらいありそうだ。

ヤク・カルカに到着すると雪が舞い始め、鯉のぼりはテントの中で待機中。
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ビールの前にみそ汁が出たのでチャプテに文句を言った。
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夕食の純和風カレーライスは美味しくて文句なし。
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そして温めなおしたみそ汁が出た。
話し相手もいないオレは11缶のビールとメシぐらいしか楽しみはないんだと言ってやりたかった。


51日(火)晴れ ヤク・カルカ滞在 テントサイト830・・・10004425m)1020・・・1055テントサイト

なぜか昨夜は浅い眠りだったが、洗面器の湯で顔を洗うと目が覚める。
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テントの周辺にはサクラソウが咲き誇っている。
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天気がいいので鯉のぼりはテントの外がいいだろう。
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馬は荷揚げに向かう。
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高度順応のため滞在だが300mほど上までを往復してみよう。
誰かを付けようかとチャプテに言われたが、勝手知ったる場所だから大丈夫と断った。

小さな黄色い花が咲く草つき斜面を登ると尾根に乗る。
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標高4425m地点で行動を止めた。
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ニルギリを眺めながらバナナを口にした。
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2013年の春に越えたトロン・パス方面がよく見えた。
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テントサイトに戻ると出たのは昼食で、コックに注文していた野菜テンプラのうどん。
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日本茶
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食後のデザートは昨春のランタンでもよく出たザクロ。
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馬使いたちが戻ってきたので聞くと上は雪が多いそうだ。
尾根からトラバースが始まる場所(標高4800m付近)までしか馬が進めず、そこに荷物をデポしてきたそうである。

昼飯のあと馬たちはマルファへ下っていった。

夕食時には昨日の文句が利いたのか、ビールに焼き肉みたいなアテが出た。
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焼き飯とみそ汁が同時にきたので納得したというか当たり前である。
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今年は雪が多くてBCまでは予定よりも遅れそうである。

52日(水)曇り時々晴れ

ヤク・カルカ830・・・1110尾根4800m・・・1520カロパニ(4900m)

朝食にお粥を頼んだところトーストと目玉焼きまで出たのには驚いた。
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さあカロパニに向けて出発だ。
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昨日の高度順応で登った尾根に乗り、一休みすると雲の切れ間からニルギリが姿を現した。
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高度を上げてゆくと雪が現れて、行く手にはツクチェ・ピークとダウラギリも白い峰を見せている。
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標高4800mからダンパス・パスへの長いトラバースが始まる。
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馬が荷揚げした場所で荷物の整理と荷造りを行う。
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担ぎきれない荷物はデポしてシートで覆って置いてゆく。
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長いトラバースの始まりだ。
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雲の切れ間からダンパス・パス方面が眺められる。
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ランチ
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カロパニが近くなると雪は少なくなってくる。
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しかし硬い雪の箇所が現れて、ピッケルで足場を作りポーターたちを通過させる。
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ツクチェ・ピークを目の前にしたカロパニに到着する。
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スパゲティを頼むがないのでパスタで我慢するが、5年前と同じように食欲はまったくないしビールもダメときた。
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53日(木)雪 カロパニ滞在

ポーターたちは昨日のデポ地を往復することになっていたが、朝から雪降りのためカロパニ滞在となる。
新雪は10センチと多くはないのだが、昼前にいったん止んだ雪は再び降りだした。
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ツクチェ・ピークも雲に覆われたままである。
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暗くなるころニルギリが見えるようになり、明日の好天は約束されたようである。
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54日(金)晴れ カロパニ滞在

快晴で明けた。
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昨夜は畑の夢を見た。
なんとジャガイモがサツマイモに化け、キヌサヤとグリーンピースが全部なくなっている内容だった。
まさか高度の影響じゃないとは思うのだが・・・

8時前にはポーターたち5名がデポ地へ向かった。

ダウラギリ一周の英国人2名がシェルパたち4名と共に通過する。
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昼すぎになりポーターたちが帰ってきた。
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夜はビールにスパゲティ。
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いよいよ明日はダンパス・パスを越えヒドン・バレーだ。

55日(土)快晴 カロパニ810・・・1015ダンパス・パス(Dhampus Pass)5244

・・・11:20 ヒドン・バレー(Hidden Valley)5100m)

どうだと言いたくなるほど見事に晴れ渡った。

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今日も運びきれない荷物を置いてゆく。
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昨日の好天で雪がかなり融けた道をツクチェ・ピークに向かって進む。
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ついに高度は5000mに達した。
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広い尾根状を右に回り込むとダンパス・パスが広がって、その向こうに白い姿で迎えてくれるのはヒドン・バレーの山々だ。
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パスが近くなると2005年秋に登頂したツクチェ・ピークの西峰が見えるようになってくる。
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ダンパス・パスは広い雪原になっていて、平坦になってからタルチョーがある場所までの遠いこと。
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ついにやって来たぞという思いがした。
2年前の秋には失意と無念を胸に越えたダンパス・パスである。

右手には2013年秋に登頂したタシカンⅠ峰も見えてくる。
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ムクト・ヒマールはどこだとチャプテとポラカスが聞いてくる。
あの正面に見えている三角のピークだと教えてやる。
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簡単そうな山容にチャプテは絶対に登れますと断言した。

ムクト・ヒマールは標高も6000mをわずかに超えただけで
周囲の山々よりも低く、地図に山名が記されているだけの目立たないピークである。
なぜこんな山に引かれるのだろう。
それは2005年秋のツクチェ・ピークのとき撮った1枚の写真だった。
自分には氷河に浮かぶ山に映ったからであり、氷河を辿らなければ登れない山であったからである。

ダンパス・パスに立つと気持ちが高揚するかと思っていたが、意外と落ち着いている自分に気がついた。
今回こそ登れるような思いがするが、まだ始まったばかりだし油断禁物集中しなければ。

またしてもチャプテがあの山の名は?と聞いてくる。
シタ・チュチュラ6611mで日本隊が初登頂したんだよと自慢げに答えてやった。
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すぐ横のダンパス・ピークに何度も登っているくせに、よくシェルパが務まるものだ・・・少しは地図を調べて山を覚えろよと言いたかった。

平地の半分しかない酸素量に喘いでいるというのにポーターたちは駆け下ってゆく。
高度を下げてゆくとヒドン・バレーのキャンプ地だ。
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テントサイトからはタシカンやツクチェ・ピークを眺められる。
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水は近くに流れている。
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ランチはチキンラーメン&ジャガイモ。
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パサンと身振り手振りで2016年秋のダウラギリ一周の話題に盛り上がった。
彼が楽しく話すのは
ジャパニーズ(Japanese)BC手前の渡渉が面白かったことである。

午後は退屈なので散歩する。
セーター植物かな?
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夜は五目ちらしすし
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コロッケ
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56日(日)快晴 ヒドン・バレー滞在

今日も快晴。
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カロパニに残した荷物を運ぶためポーター4名が7時半に出発する。
4日にBC着の計画だったが雪のため馬が入れなく、ポーターたちによるピストン輸送に頼っている。

明日はBC入りできるが3日遅れになってしまう。
今の好天を登頂につなげたい。
チャプテは日程に余裕があるから大丈夫を強調するが、そうそう安心してもいられない。
なぜなら一度でも大雪になると登頂どころでなくなるからであり、マルファへの下山が困難になり必死の脱出劇となる。

過去にも多くの登山隊やトレッカーが遭遇している事実である。
ダンパス・ピーク6012mを目指した隊がヤクカルカで大雪に遭い、前に進むことが出来ずトレッキングに転進したことは多くある。
またレスキューヘリによる脱出を経験した登山隊もある。

個人的には2008年のマナスル敗退も大雪によるものであった。

ここはヒマラヤなんだ心配しても仕方ないと腹をくくり、ケセラセラのんびり過ごすことにする。
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昼ごろポーターたちが帰ってくる。
ダンパス・ピーク(画像中央)の右がダンパス・パス。
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昼はテンプラうどん。
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ビールは毎晩やっている。


5月7日(月)快晴 ヒドン・バレー810・・・1130BC(5350m)

朝焼けに輝くツクチェ・ピークが今日のBC入りを祝ってくれているようである。
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いつもと同じように朝食前のミルクティーに続いて湯が出た。
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髭が伸びているが剃るのはBC入りした午後がよいだろう。
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モレーンに上がるとツクチェ・ピークの右に眺められるのはダウラギリⅠ峰8167mだ。
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シタ・チュチュラから右に6000m級の峰が連なっている。
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フレンチ・パス(FrenchPass)5360
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ツクチェ・ピークの本峰は姿を消し、JPと西峰の眺めに変わってゆく。
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ムクト・ヒマールに向かってヒドン・バレーを緩く登っていく。
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ホンデ・ヒマール6556mが右奥に山頂を出している。
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三角形をしたムクト・ヒマールが迫ってくる。
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ポラカスとゆっくり進めばいいので気が楽だ。
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キッチンテントが張られたBCに到着。
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残念ながらBCからムクト・ヒマールを眺めることはできない。
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2016年秋のキッチン跡が残っている。
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鯉のぼりも嬉しそう。
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テントからはツクチェ・ピークが正面だ。
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ラクパ、ラメス、パサンの3名のポーターが残りの荷物を取りにいく。
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チャプテとキッチンのパサンがルートチェックに行く。
できるだけ標高5800mぐらいまで登り、登頂ルートとなる
支稜を確認するように指示して写真と地図を持たせた
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夕方にはポーターやチャプテたちが戻ってきた。
HC(ハイ・キャンプ)予定地の標高5770m付近まで登ったらしい。
チャプテ・・・登頂ルートは二つあります。どうしますか? 
簡単なルートにしてくれと返事をした。

明日は休養日としたかったがこの好天を逃したくない。
明日はHCへ上がることに決まった。
山頂アタックは明後日だ。

二日間の好天を祈ろう!
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家に電話をした。
「今日BC入りした」
カアチャン「明日から登るん?」
「そうだ」
カアチャン「頑張りよッ!」


by nakatuminesan | 2018-05-18 13:21 | ヒマラヤ | Comments(2)

Commented by キンランギンラン at 2018-05-19 20:30 x
登頂おめでとうございます。無事に帰られてなによりです。日本人として初の登頂!かっこ良いですね。ヒマラヤへ行っても見る夢は、やはり野菜達なのですね。徳島で見る夢はヒマラヤなんですよね。山にも畑にも愛・アイ・あいがいっぱいですね。
おいしいお酒を飲みながら、しばらくは登頂の余韻に浸ってくださいね。かんぱ~い!!
Commented by nakatuminesan at 2018-05-19 22:00
キンランギンランさん、いつも応援してくれてありがとう。
人に知られず静かにたたずむ小さな山ではありましたが、自分なりに満足できるヒマラヤ登山だったと思っています。

帰国後は登頂の余韻に浸っていることもありますが、畑作業もあったりしてなかなか登頂までの報告ができません。
明後日ぐらいにはBCに辿り着きたいな~!

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