「百名山ふたたび」   

2012年 07月 21日

深田久弥 著 河出書房新社 2000年4月発行
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『日本百名山』の著者深田久弥の紀行文を再編集したものである。
北海道の利尻岳から屋久島の宮之浦岳まで18座の山行は、時代背景から古い岳人には懐かしい内容だろう。

百名山にはまったく無関心だけど読んでみようと思ったのは、1958(昭和33)年7月の剣山が書かれているからだ。
私が初めて登ったのは1962(昭和37)年7月だから、ほとんど同時代だということも興味深い。

深田は高松講演のついで剣山に向かう。
「貞光出発後約二時間で、橋のたもとの終点、登山口に着いた」とあるから剣橋だろう。
文面から“つづろ道”を登ったようで、
『見えるどの山も、ビッシリ木に覆われている。
徳島県では大々的森林開発事業に取りかかっている話を昨夜聞いたが、なるほどこれは宝庫だ。
そしてこの森林の深さが、剣山に秘境的な神秘さを与えているのだろう』とある。
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この日は夫婦池を経由して見ノ越の大剣神社で宿泊している。
翌日は雨が激しく降り、登頂を諦め同じ道を下ることになる。

下山は祖谷を予定していたようで、
『祖谷川は昔から名前を聞いていただけに、一ぺん行ってみたい所だった。 (中略)
飛騨の白川郷と、肥後の五家ノ荘と、この祖谷谷とが、その三大古蹟だと私は聞いていた。 (中略)
祖谷だけがまだ昔の姿を残している』
東京へ帰る時間が迫っていただけに、祖谷を見ることができなかった残念な心境が書かれている。

初めての剣山から50年が過ぎ、子どもの目には当時の様子を覚えていませんが、植林に覆われてしまった山肌に今は見る影もないということでしょう。

by nakatuminesan | 2012-07-21 14:16 | | Comments(0)

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