学生時代の山(2)   

2009年 10月 29日

1年部員は食事担当のキッチンボーイ。
ガンタ飯(芯の残ったご飯)を炊けば1年部員は自分の腹に入れ、先輩にはホカホカご飯を炊きなおす。
オバケの話が上手な先輩がいて、富士山合宿では恒例だった。
怖い話が始まると、初めて聞く1年部員は真剣な顔で聞き入る。
いいかげん盛り上げておいて、最後はロウソクを消す。
そして、「お前だ!」と指を指すからおったまげる。
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1年間が過ぎ、後輩が入部するころには新人歓迎山行でバテた奴もチョット生意気なお兄さんになっている。
3年生にもなればもう一人前。部の主軸となる。
部の仲間はみんな個性的で面白い連中が集まっていた。
とにかく純粋に山に登りたい連中ばかりだった。
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個人的には北アルプスが好みで、剣岳や穂高岳の岩場には何度も通い、ほとんどのルートを登った。
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7回の合宿と個人山行で年間の山行日数は120日になる。
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雪に岩に、まさに山漬けの楽しい日々が続いたのである。
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# by nakatuminesan | 2009-10-29 10:41 | 昔むかし | Comments(0)

2009.10.28 サガリハゲ~矢筈山   

2009年 10月 29日

シロモジの紅葉が目立つサガリハゲ西尾根に取り付く。
笹をつかみながら急斜面を山頂へ。
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山頂部は前日の風で葉が落ちている。そんななかダケカンバの黄色が目立つ。
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赤いナナカマドは澄んだ秋の空によく似合う。
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真っ赤な実はウメモドキだろうか。
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午後はすこし霞がかかるが、矢筈山からは山がよく見える。
登った尾根を眺めながらのんびり落合峠へ。
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峠は秋深しを感じる風情だった。
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車窓から眺める中腹の紅葉は4日前よりも鮮やかに映った。

# by nakatuminesan | 2009-10-29 09:44 | 山を歩いてきました | Comments(0)

学生時代の山(1)   

2009年 10月 27日

大学山岳部に入部すると、新人はまず特大のキスリングザックを買わされる。
そして新人歓迎山行とやらに連れていかれる。丹沢の大倉尾根だった。
30キロの重荷に素人は1時間でバテる。
夏合宿、秋合宿と経験を積み、週2~3回のランニングや階段でトレーニングをすると体力ができてくる。
岩登りも基礎から教えられ、ぐんぐん上達した。
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11月の富士山合宿ではアイゼン歩行と滑落停止を徹底してたたき込まれる。
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冬山合宿は鳳凰三山から白峰三山までの縦走隊のサポートに北沢峠に入った。
ザックは65キロ。赤河原から北沢峠までは2回に分けて荷を上げた。
北岳へ向う先輩たちを仙丈ヶ岳で見送った。
縦走隊について行きたいと思った。
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この時登った甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳で本格的な冬山デビューとなる。
しかし物足りなかった。
下山したその足で仲間と二人で木曽駒ケ岳に登る。
さらに八ヶ岳に入るころには猛烈な冬型気圧配置となり、北アルプスでは何十人もが孤立していた。
昭和44年の剣岳大量遭難である。
天候は厳しかったが天狗岳から赤岳、権現岳と縦走し、日が暮れた小淵沢駅に下山した。
この17日間に及ぶ山行が大きな自信となった。

# by nakatuminesan | 2009-10-27 09:17 | 昔むかし | Comments(0)

ネパールの山岳   

2009年 10月 26日

ネパール政府が登山を許可する山岳リストには、
A.ネパール人(3人以上)と外国人グループの合同登山隊にのみ許可されるピーク22座
B.すでにネパール人と外国人グループの合同登山隊により登頂されて、現在外国人登山隊に許可されるピーク4座
C.外国人登山隊に許可されるピーク99座
D.2002.3.1以降、新たに登山ができるようになったピーク103座
以上のピークがある。

登山料は山の標高で区分されている。
8000m以上の山岳・・・10,000ドル
7501-8000mの山岳・・・4,000ドル
7001-7500mの山岳・・・3,000ドル
6501-7000mの山岳・・・2,000ドル
6501m以下の山岳・・・1,500ドル
この登山料は隊員7名までの金額で、7名以上の場合は追加登山料が必要。
ネパール政府の観光省に登山料を払い、登山許可をもらう。

Mt. Everest の登山においては、 登山料は、1チーム(7名まで)当たり 50,000 ドルとする。
隊員は5名まで追加できる。一名当たり 10,000ドルの追加料金が必要である。
ノーマルルートの南東稜を希望する隊は、さらに 20,000ドルを支払わねばならない。
登山隊には、3ヶ月有効のビザが発行される。

その他にネパール山岳協会が登山を許可するピーク(トレッキングピーク)33座がある。
こちらも許可証が必要で、7人までの料金は500ドルである。

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メラピーク6476mから見たマカルー8463m(中央)とチャムラン7321m(右)

# by nakatuminesan | 2009-10-26 10:31 | ヒマラヤ | Comments(0)

山の始まり   

2009年 10月 26日

中学1年の夏、父と剣山に登った。
剣橋でバスを降り、つづろ道から夫婦池を経由して見ノ越の剣神社で宿泊。
翌日は剣山から一ノ森、富士ノ池、コリトリへ下山した。
笹に覆われた次郎笈の姿といろんな種類の苔があることが印象に残った。
だがこの登山が山の始まりではない。

高校1年のとき、ある本に出合った。田村宏明著「わが青春はヒマラヤの頂」であった。
単独でヒマラヤに向い、6900mのペンタンカルポに初登頂する。
この本を何度読み返しただろうか。
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そのころ山岳雑誌「山と渓谷」に登山家の加藤文太郎(1905~1936)の生涯を題材にとった小説「孤高の人」が連載されていた。
困難な雪の山を次々と単独で登り、昭和11年1月槍ヶ岳の北鎌尾根で遭難死する。

ひとりで山に登りたいと思った。
登山靴とザックを買った16歳の春3月、天狗塚から剣山まで縦走した。
山中ビバーク2泊は着の身着のままで笹に潜って眠った。
これが山の始まりだった。

その夏は中尾山から剣山、三嶺と3泊4日で縦走した。
秋には祖谷の山々を巡った。
1日目は出合から中津山を越え、マドの天狗は日差しと秋風にススキが輝いていた。
寒峰北西の沢に降り、枯葉を敷き詰めて寝た。
翌日は寒峰、烏帽子山、矢筈山と登り、深淵の道端で夜を迎えた。
3日目は桟敷峠を越えて三加茂駅まで歩いて下った。

「孤高の人」のなかで加藤文太郎は、雪中ビバークを想定して下宿の庭で眠る練習をする。
冬の寒い夜はそんな真似事をした。
加藤文太郎に恋?してしまったのか、頭の中は山のことでいっぱいになった。

# by nakatuminesan | 2009-10-26 08:40 | 昔むかし | Comments(2)

40年も前のこと   

2009年 10月 25日

古い話しだが、大学2年のころと記憶している。
名古屋にある大学山岳部がヒマラヤを計画していて、
ある先輩から「お前行かないか」と誘われたことがある。
そのころはヒマラヤなど頭になかったから、もちろん行くことはなかった。
今考えるともったいないことをしたのかもしれない。

私が登山に目覚めたころ、1965年3月、ネパール政府はネパール・ヒマラヤの登山禁止を発表した。
中印紛争、外国登山隊の越境問題などによる禁止措置であった。
登山禁止は、満3年4カ月にわたった。
1968年(昭和43年)8月にネパール政府は、エベレストなど38座の登山を許可することを正式に発表。

どこの山を計画していたのかさえ知らないが、ヒマラヤ登山解禁直後のことだったようだ。
ヒマラヤを意識しだすのは社会人になってからだった。

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写真は誰もが知るエベレスト (西方10キロのカラパタールから)

# by nakatuminesan | 2009-10-25 14:05 | ヒマラヤ | Comments(0)

国際宇宙ステーションから撮影したヒマラヤ山脈。   

2009年 10月 22日

アジアの山脈で、地球上で最も標高の高い地域である。単にヒマラヤということもある。
ヒマラヤは、インド亜大陸とチベット高原を隔てているカラコルム山脈、ヒンドゥークシュ山脈、パミール高原から続く無数の山脈から構成される巨大な山脈である。
ヒマラヤ山脈はブータン、中国、インド、ネパール、パキスタン、アフガニスタンの6つの国にまたがる。ヒマラヤには、エベレストを含む、地球上で最も高い14の8000m級ピーク(独立峰)があり、付属峰も含めると7000m級の山が100以上も存在する。

チベット高原から南方を見た時の図。エベレストが中央付近に、その左にマカルーが見える。
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# by nakatuminesan | 2009-10-22 16:45 | ヒマラヤ | Comments(0)