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2016.10.30~31 風呂塔1402m~火打山1425mキャンプ山行   

2016年 10月 31日

ヒマラヤ行きを前にした9月22日の風呂塔で「雨でも歩け!雪でも登れ!!」と励ましてくれた皆さんと、久しぶりにキャンプ山行を楽しんできました。

10月30日(日)
三等三角点のある立石山1096mに寄りました。
わざわざ登りに行く山ではありませんからね。
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草原のような山頂は展望抜群で、前日に歩いた高城山~天神丸がよく眺められました。
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みねこしの左右に剣山と次郎笈が山頂を見せている。
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石堂山の後方は矢筈山
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風呂塔の右後方には烏帽子山
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7名の男性がパラグライダーで空中散歩を楽しんでいました。
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条件がよければ2000mの高度まで飛ぶそうです。

飛べない7名は昼ごはんです。
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カラマツの黄葉が盛りを迎えているキャンプ場跡。
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コーヒータイムのあとは夕食の準備。
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紅葉焼き肉!?
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串刺しワイルドだな~^-^;
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焚き火の中味は鳴門金時
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トン汁
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嬉しそう~♪
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大型テントは快適です。
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タタキやフイッシュカツに始まって、高知のダバタ火振やネパールのマルファ名産「アップル・ブランデー」も登場する。
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焼き芋だ~!
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秋の夜長は山の話がいろいろ飛び出して、今回のヒマラヤ登山を報告しました。
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10月31日(月)
朝食はうどん
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のんびり9時すぎに出発して風呂塔へ向かうと立石山が見えている。
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天気がいいので紅葉が鮮やかです。
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オシャレだね
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いつものブナを過ぎれば山頂に着き、これから向かう火打山を眺めている。
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ブナ
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烏帽子山
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シロモジの多い縦走路は落葉を踏んでのハイキング気分です。
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尾根や北斜面は紅葉が見ごろになっています。
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火打山
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みなさんお疲れさまでした。
そして夕食の準備をしてくれた女性たちに感謝です。

次回は山スキーで登りたいと思います。

by nakatuminesan | 2016-10-31 18:33 | 山を歩いてきました | Comments(0)

2016.10.29 高城山1628m&天神丸1632m   

2016年 10月 29日

スーパー林道沿いは紅葉が見ごろになっていました。
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ファガスの森を出発する二人とは山頂で合流するとして、残る三人は最短コースから登ります。
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風が冷たい日は手袋が必要な季節になってきました。
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ドウダンツツジ
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怪しいキノコ
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山頂は冷たい北風が吹いているだけで、剣山方面の眺めがないのが残念でした。
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やがて二人が到着したので写真を撮って下ります。
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ナナカマド
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次なる山は車で移動して天神丸。
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カエデ
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バイケイソウは枯れてしまっている。
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シャクナゲは花芽を付けているので来年は期待できそうです。
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ヒマラヤの標高3400m付近にもダケカンバがありました。
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山頂
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帰路の林道でガスの晴れ間から眺める紅葉が綺麗でした。
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by nakatuminesan | 2016-10-29 17:21 | 山行報告(初級) | Comments(0)

11月の計画(2)   

2016年 10月 28日

11月5日(土)・・・木頭三笠「ミノテ山・天海山・シラタキ山」(中級 行動6時間)集合:文化の森6時

★東蝉谷から西尾根を直登してミノテ山に登ります。
その後は北に向かって天海山~シラタキ山と縦走し、墓窪峠から東蝉谷へ下る周回コースです。
2.5万分地形図の天貝山は別名ミノテ山と呼ばれ、明治44年に2億5000万年前の化石が発見された山として知られています。
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by nakatuminesan | 2016-10-28 17:43 | 募集企画 | Comments(0)

2016.10.27 中津峰山   

2016年 10月 27日

久しぶりの中津峰山。
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コウヤボウキ
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如意輪寺の紅葉が見ごろになるのは3週間先になりそうだ。
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本格的?な登山は久しぶりなので、登頂できるように力水にお願いする。
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2週間前まで5000mにいたので呼吸は楽だけど、いつ登っても単調な道を我慢しながら登っていく。

BCに水晶があったことを思い出すなぁ。
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13度とは涼しくなったもんだ。
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山頂付近では色づきが始まっている。
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山頂だ~!と喜んでいるとA氏がいるじゃないか。
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一緒に北尾根を下ることになる。

アサマリンドウ
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ツルリンドウ
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センプリ
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茶粕山
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森林公園の紅葉も11月中旬かな。
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ふゆのはなわらび (冬の花蕨)・・・A氏が教えてくれました。
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ジンジソウ
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無事下山
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by nakatuminesan | 2016-10-27 15:40 | 山を歩いてきました | Comments(0)

2016.10.26 轆轤山   

2016年 10月 26日

昼から中津峰山にでもと思いましたが、雨が降りそうなので気が変わりました。
1000mに満たない山ですが紅葉が始まっていました。
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センプリ
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アサマリンドウ
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山頂が近づくと秋の気配が濃くなってきます。
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熟したサルナシは甘酸っぱい味がして、たくさん採れたらジャムにしても面白そうです。
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山頂にはリンドウが咲いていました。
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by nakatuminesan | 2016-10-26 16:57 | 山を歩いてきました | Comments(0)

10月の計画(2)   

2016年 10月 25日

10月29日(土)・・・高城山1628mと天神丸1632m(初級 行動3時間) 集合:文化の森7時

★旧木沢村と旧木屋平村にまたがる1600峰2座に登ります。
ブナやミズナラが紅葉の見ごろを迎え、その自然林をゆっくり歩く軽登山です。
TEL:090-7782-6031 
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by nakatuminesan | 2016-10-25 14:26 | 募集企画 | Comments(0)

秋本番   

2016年 10月 24日

秋らしい青空が広がる一日でした。
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雑草園ではシュウメイギクやホトトギスが花盛り。
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秋~!
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油断していると凍死しますでよ^_^;
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大和柿が不作みたいで心配だ。
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こんなに晴れているのに明日は雨の予報になっています。
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久しぶりに出かけた散歩の風景に秋の深まりを感じました。

by nakatuminesan | 2016-10-24 17:22 | 四季 | Comments(0)

ヒマラヤ2016 ムクト・ヒマール(6087m)&ホンデ・ヒマール(6556m)  9.24~10.18(25日間) NO.4   

2016年 10月 24日

10月12日(水) 天候:晴れ
BC9:00・・・11:20ヒドン・バレー5100m
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テントの中にあるペットボトルの水が凍っていて、BC入りしてから最も寒い朝になった。
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朝食のとき大西から話しかけられた。
「一人でも上に向かう気持ちはないのですか」
「ありません、ヒマラヤなんて何度でも来ればいいと思っていますから」
こんな会話を交わしたように覚えている。

わずか4泊だったBCだが撤収は寂しい気がするものだ。
しかし里に帰れるポーターたちは嬉しそうな表情をしている。
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9時前になるとレスキューヘリが来た。
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2日前に比べると小型の機種だ。
ラクパは15日からラルキャ・ピーク(6249m)へ行くことになり、たくさんの荷物とともに乗り込んだ。
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ヘリが飛び立つと同時に下山を開始した。
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ダウラギリよシタ・チュチュラよさようなら。
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ついにホンデ・ヒマールの山頂を見ることはできなかった。
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のんびり歩きながらムクト・ヒマールを振り返った。
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ツクチェ・ピーク
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2005年秋に登ったツクチェ・ピークBCに着いたころ、主峰6920mが姿を見せるようになってくる。
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小さな丘を越えるとテントサイトに着いた。
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タシカンⅠ峰とツクチェ・ピークを眺められ、乾燥した素敵なキャンプ地だと思った。
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テントにはいって今回のことを考えたが、なかなか頭の中はまとまらなかった。
私の好みを知ってか可哀想だと思ったのか、やたらとサーダーがビールを勧めてくれる。
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もう食堂テントが張られることはなく、個人テントでの夕食は寂しいものだった。
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10月13日(木) 天候:晴れのち曇り雪
ヒドン・バレー5100m7:50・・・9:10ダンパス・パス(Dhampus Pass)5244m9:30・・・10:30カロパニ・・・12:55尾根4800m・・・14:10ヤク・カルカ4130m
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風の冷たい朝を迎えたが天気はよさそうだ。
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食事をするポーターたちも寒そうである。
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シタ・チュチュラやムクト・ヒマールを振り返りながらヒドン・バレーをあとにする。
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ダンパス・パスの登りになると雪が増えてくる。
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ダンパス・ピークに向かって登っていくと緩やかで広大な斜面に変わってくる。
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パスは一面の銀世界になっている。
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シタ・チュチュラとムクト・ヒマールが姿を消そうとしている。
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ここから先は独り言・・・
ヒドン・バレーの峰々よさようなら。
山は逃げないと誰かが言っていたけれど、遠ざかっていくと感じるのはなぜだろう。
こうして今は背にしているが、近づける日が再びくることを信じよう。
そう思うと涙が出そうになるのでした。

ダンパス・パス
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プジャで使うはずだった新しいタルチョーを張る。
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サーダーのチリン
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クライミング・シェルパのフリ
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ツクチェ・ピークには雲がかかりはじめ、カリ・ガンダキ側のニルギリも姿を現さない。
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ツクチェ・ピークとタシカンⅠ峰のとき、キャンプ地にしたカロパニを通過する。
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ここは黒い水と呼ばれていて、必ず誰かが病気になると言い伝えられている。

雪は深く荷揚げしたポーターたちが苦労したことが分かる。
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長いトラバースを続けると雪が減ってきて、ダンパス・ピークから南東に延びる尾根に乗るとマルファへの標識だ。
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やがて青い屋根のヤク・カルカとジョムソンの町が見えてくる。
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一瞬だけニルギリが見えた。
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ヤク・カルカに着くころには酸素が濃いことを実感する。
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今日は風が強くて食べられなかったランチが残っている。
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明日はマルファに下山する。


10月14日(金) 天候:晴れ
ヤク・カルカ4130m7:55・・・10:30マルファ上11:10・・・11:20マルファ(Marpha ホテル・サンライズ)2680m
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キジを撃ちながらニルギリ(Nilgiri7061m)を眺めた。
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ティリチョ・ピーク(7134m)の左から日が昇りはじめる。
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雲の向こうに見える鞍部が2013年4月19日に越えたトロン・パス(5416m)だ。
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100m下るとカルカがあり、昨夜はポーターたちが泊まっている。
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リンドウ
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四国の紅葉はどうなっているのかな!?
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いくつかのカルカを通過する。
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尾根に乗ったところからジョムソンの町と空港が見えていて、マルファまでは急ぐこともないので小休止する。
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サーダーのチリンとはいろいろな話をした。
チリンは親が決めた女性と15歳で結婚したそうで、3人の娘と1人の息子がいるそうだ。
カトマンズのアパートに住んでいて、親子6人の生活には月7万ルピーが必要になるらしい。

12月になると日本人とのメラ・ピーク登山が決まっているそうだ。
もしもメラ・ピークに行く機会があるとすれば、アンプラプチャとテシラプチャを越えてロールワリンの谷を見てみたい。
もちろんパルチャモ登山も入っていると言うと、それは素敵なプランだとチリンが笑顔になるのであった。

高度を下げるにしたがいニルギリが高くなってくる。
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マルファを見下ろす場所でダワに電話をした。
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松田と大西は今日には退院することになり、そろってホテルに泊まれると聞き安心した。
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カトマンズ発の帰国便は24日を予定していたが、変更可能(これが高額)な航空券を買っていた。
日本への帰国は三人一緒にと考えている。
18日と19日は満席になっていているが、17日なら空席があるというのでダワにOKだと返答した。
明日15日がベニで、明後日16日がカトマンズ。
その翌日には帰国だから忙しい。

ポカラからジョムソンへ向かう飛行機が飛んでくる。
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マルファの町に下山する。
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白壁が美しいマルファは各国からのトレッカーで溢れている。
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宿は3年前になるタシカンⅠ峰のときにも泊ったサンライズ。
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まずは鶴の一声「ビールをくれ」である。
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一緒にどうだとサーダーに勧めるが、ゴミ処理報告のためジョムソンへ行くという。
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そして昼食は野菜テンプラうどん&ちらし寿司(うまい!)。
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コシアブラのテンプラを食べたいと思った。

ジャパニーズBCにいたチェコ隊7名の情報が入った。
高山病の女性を含む5名はレスキューヘリでカトマンズに運ばれ、あとの夫婦はトレッキングを続行したらしい。

20日ぶりに頭の髪を洗ったことでさっぱりし、退屈なので午後は勝手知ったる(4度目だから)町を散歩した。
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200mも歩くとリンゴ園のある町外れである。
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宿の前に座り込んで人の流れを目で追っていたところ、外国人トレッカーからロッジの場所を聞かれたのには驚いた。
どうやらネパール人と間違えられたようなので、すぐさまNot Nepaliと返事した。
洗髪して髭も剃ったにもかかわらずである。

夜はお別れパーティーとなった。
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マルファ名産のアップルブランデー
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お礼の言葉をサーダーに通訳してもらい、一人ひとりにチップを渡して握手をした。

ダサインという祭りのためバスの予約が難しいらしい。
明日の出発は8時になったり10時になったりする。
部屋に入りベッドに入るとサーダーが来て、何かと聞けば7時出発を告げられる。 



10月15日(土)
マルファ10:25⇒⇒12:50ガーサ13:30⇒⇒17:00ベニ17:50⇒⇒20:35ポカラ(HOTEL DANDELION)
食堂へ行くと昨夜の空き瓶がスラリと並んでいる。
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今日から足はサンダルになる・・・ベニで3年前に買ったもので長持ちするのが自慢。
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バスの発車が8時に変更となり、歩いて10分弱の乗り場に荷物を運んでバスを待つ。
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ところがバスが到着したのは10時過ぎ。
これこそ有名なネパール時間といってもいいだろう。
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ガーサでバスを乗り換えるときが面白い。
荷物の移動は屋根から屋根へ、窓から窓へと手渡しするからだ。
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昼食は久しぶりとなるダルバート(250ルピー)。
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山を下りても若者はよく食べる。
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悪路をガタゴト揺られてバスはベニへ向かっている。
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ついに泊りたくないベニに到着してしまう。
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屋根の荷物を手際よく降ろし、コック、キッチン、ポーターたちは18時30分発のナイトバスでカトマンズへ向かう。
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最近のナイトバスはトイレがあるらしく、ゆっくり走ってカトマンズ着は明朝6時ごろになる。
17歳のポーターは途中のナヤプルで下車し、アンナプルナBCまでのトレッキングに加わることになっている。
また明後日からエベレストBCへのトレッキングが決まっている者もいる。
強いポーターたちは今が稼ぎ時ということなのだろう。

ゴキブリの出る部屋はこりごりと思っていたところ、タクシーでポカラへ行きましょうとサーダーの声に救われた。

ポカラには遅い到着になったがシャワーでさっぱりする。
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サーダーの兄弟が経営する焼肉レストランへ行った。
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チキンに飽きていたので舌が驚いただけじゃなく、甘目の焼酎もけっこういける味がした。
元々酒好きに生まれていることもある。

10月16日(日)
ポカラ14:35⇒⇒15:00カトマンズ
カトマンズへのフライトは午後ということもあり、時間を気にせずゆっくり朝食を味わった。
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このホテルはフェワ湖の東にあり、レイクサイドと呼ばれる地区である。
3年前に泊ったホテル ヒマラヤンスターの近くで中級クラス。
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カトマンズでは時間がなさそうで、サーダーが買い物に付き合ってくれる。
100mも歩くと見覚えのあるバラヒというホテルがあり、3年前には食事をしたことを思い出した。
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大通りに出ると果物屋、パン屋、トレッキング用品店、飲食店と何でも揃っている。
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怪しげな石も売っている。
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チョウタラ
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フェワ湖
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カトマンズでもだったがポカラでも日本人を見かけない。
マルファで若い女性二人に会っただけで、昨年の春に起きた震災の影響かと思った。

昼食はタカリ・キッチン「HIMALAYAN」へ。
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CHICKEN THALI SETを注文した。
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ご飯にダル(豆スープ)、肉と野菜のカレー、アチャール(漬物)がセットになっている。
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空港へは午後1時に行ったが待たされて、30人乗りの小型機が飛んだのは1時間半後である。
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左側の席が空いているのはラッキーだった。
なぜならマナスルを見ることができるからだ。
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しかし雲が多くて期待したマナスルの姿はなく、どうも今年の秋は天気が良いと言えそうではない。
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ツーリストバスだと7時間かかるが25分後にはカトマンズである。
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空港にはダワが迎えにきていた。
ホーリーヒマラヤホテルに入り、松田と大西の元気な顔に安心した。

観光省で登山終了の書類にサインをした。
お偉いさん(男性)みたいな役人が残念でしたねと言った。
そして私の顔を覗き込み、「またチャレンジしてください」と言った・・・よく理解できなかったが、多分そう言ったんだと思っている。
すぐさま“I Come Again”と答えると、お偉いさんが握手を求めてきたので強く握ってやった。

夜はダワの招待でヴィラ・エベレストへ行く。
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この店は本格的な韓国焼き肉で知られていて、以前にも食べたことがあり濃厚な味を楽しんだ。
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10月17日(月)
カトマンズ〔TG320〕14:00⇒⇒18:15バンコク〔TG622〕23:30⇒⇒
9時過ぎになるとダワたちがホテルに迎えにきてくれ、記念にトレッキング許可証を受け取る。
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登頂証明書は次回のお楽しみ。

記念の写真は左から大西、チリ(コック)、フリ(クライミング・シェルパ)、ラクパ(クライミング・シェルパ)、松田、ラクパ(2013年秋のタシカンⅠ峰のクライミング・シェルパ…薬師岳山荘から2日前に帰国した)、鶴木。
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15日からラルキャ・ピークへ行くことになっていたラクパがいる。
聞くとキャンセルになったそうで残念がっていた。
フリは明日からトレッキング・ピークのパルチャモ(6187m)へ向かうことが決まっている。

空港でラクパが首にカタをかけてくれ、いよいよ彼らともしばしのお別れである。
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荷物を預けアイスコーヒー(400ルピーと空港は高い)で待ち時間を過ごす。
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出発ゲートでタイ航空機を眺めるが、定刻に飛んだことがないのは毎度のこと。
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バンコク行きTG320便に搭乗する。
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離陸して15分でエベレストやカンチェンジュンガが見えはじめるが、残念なことに窓から遠くてカメラには収まらない。
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10月18日(火)
⇒⇒7:00関空8:30⇒⇒11:25徳島駅
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関西国際空港での写真が最後になりました。
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松田さん大西さん、お疲れさまでした。
今回はBCで終わってしまい残念な結果となりました。
しかしダウラギリサーキットは変化に富んでいて、9度目にして初めての体験もでき楽しかったです。

次はいつ行きますか!?

by nakatuminesan | 2016-10-24 07:36 | ヒマラヤ | Comments(4)

田部井淳子さん死去   

2016年 10月 23日

シェルパに質問したことがあります。
「カトマンズで最も有名な日本人はだれ?」
すぐさま返事があり
「田部井さんです」

その田部井淳子さんが亡くなりました。
エベレスト女性初登頂で知られていただけでなく、セブンサミッターとなった世界初の女性としても有名でした。
高所では抜群の強さを発揮したそうです。

一度だけお会いしたことがあります。
初めてのヒマラヤだった1999年秋でした。
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ご冥福を心からお祈り申し上げます。

by nakatuminesan | 2016-10-23 12:44 | 山のあれこれ | Comments(0)

ヒマラヤ2016 ムクト・ヒマール(6087m)&ホンデ・ヒマール(6556m)  9.24~10.18(25日間) NO.3   

2016年 10月 22日

10月5日(水) 天候:晴れ時々曇り
イタリアンBC7:55・・・9:50Myagdi Khola・・・ 12:00氷河(Chhonbarang Glacier)末端12:50・・・13:05渡渉点13:45・・・14:45ジャパニーズ(Japanese)BC 4100m
モンスーンが明けたのか今日も青空が広がっている。
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10分ほど進んだ丘からガリー状を急降下する。
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右側は扇状地のようになっていて、土砂の下はダウラギリ西壁から雪崩落ちたミニ氷河になっている。
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ミャグディ・コーラを埋め尽くした氷河を歩き、こんどは40度以上あろうか急斜面の登りになっていて、サンダル履だった19歳のポーターはついに裸足になっている。
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越えてきたミニ氷河を振り返る。
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ドーンという音とともにダウラギリ西壁から雪崩が発生し、しばしカメラを構えて見入ることになる。
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ジャパニーズBCは雲の切れ間に見えている岩峰の右奥にある。
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草原を進むと古いカルカが残っていて、左の岩壁からは落差200mの滝が落ちている。
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やがてMyagdi Kholaの河原を歩くようになり、数日前までは想像すらできなかった地形が広がっている。
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落差200mはある大滝だが・・・無関心。
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ここには何万年か前には氷河が流れていて、山肌が削り取られたU字谷が続いている。
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Chhonbarang Glacierの末端が見えてくる。
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氷河末端の厚みは50mぐらいあり、表面は土砂に覆われて何本かの流水がある。
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チェコ隊のリーダーらしきが血相を変えて対岸から渡ってくる。
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聞くと一人の女性が高山病になっていて、今朝から症状が重くて歩けないそうである。
我々の衛星電話でレスキューヘリを要請した。
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ここしか渡渉地点はないと決めたサーダーが対岸への渡渉を試みる。
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なんとか渡ることは可能だが困難で、ポーターに持たせたザイルを取りにジャパニーズBCへ向かうことになる。

最も安全そうな流渡渉地点を200m下流とし、スタッフたちが張ったザイルで無事に渡渉する。
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昨日イタリアンBCに着いたロシアのカップルも渡らせてあげる(ただし女性のみ)。
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ポーターたちも安心して渡渉する。
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ここで再びチェコ隊のリーダーがやってきて、酸素を要求するので提供することにした。
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左岸のモレーンを1時間ほど登るとジャパニーズBCである。
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すぐ近くにはダウラギリから落ちる氷河のアイスフォールが見えている。
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チェコの女性は酸素を吸わせているが歩行不可能で、すぐに高度を下げるべきだという考えと指示はサーダーと一致した。

ジャパニーズBCだから気を利かせたのか、遅い昼食は巻きスシとウドンが出た。
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雲に覆われたMyagdi Kholaにレスキューヘリが飛んでこられるわけもなく、人の手で少しでも高度を下げるべきである。
ストックを組み合わせた担架が出来上がり、下山を開始したのは16時30分である。
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チェコ隊(男性3名、女性4名)はガイドとポーター2名の10名で、ダウラギリ一周トレッキング中でのアクシデントである。
パルシオキシメーターはおろか衛星電話も酸素も持っていない。
下山指示すら出せない無能なガイドを下手くそだとサーダーは罵った。
松田は長い山岳救助の経験を持っていて、人力で下ろすことの難しさを強調した。


10月6日(木) 天候:曇り霧雨
ジャパニーズBC8:30・・・9:45方向変化点・・・12:40ダウラギリ(Dhaulagiri)BC4680m
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ガスがたれこみ霧雨の撤収になった。
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Chhonbarang Glacier を進む。
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気を付けなければクレバスが各所にあり、氷河上とはいえ小さな起伏があり迷路のようである。
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長時間の氷河歩行は鶴木も初めてで、嬉しさが顔に出ていると思うし大西も喜んでいる。
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ダウラギリ北壁から派生したリッジの末端を回りこむと進路は北東から東に変わる。
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時として日が射しそうになるのだが、そのたび期待は裏切られるのが残念だ。
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この景色を見たいしカメラに収めたからだ。

氷河の表面から水が噴出しているのが面白い。
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北壁下部のアイスフォール
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晴れていれば正面にツクチェ・ピークを望むことができるのだが。
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いつものようにドジがホットオレンジを持って迎えにきてくれ、ダウラギリBCは近いことを知り彼の後を追う。
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ホットオレンジからBCへは20分で着いた。
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高度計は100mほど低い数値を示している。
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昼は恒例になったウドンである。
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鶴木テントの上にシェルパたちのテントが張られた。
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夕食の定例時刻6時になってもガスは晴れないが、お気に入りとなったチリ自慢のお好み焼き。
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いよいよヒマラヤの奥地まで来たという思いがするとともに、明日はダウラギリの勇姿をこの目にしたいものである。


10月7日(金) 天候:晴れ時々曇り
ダウラギリBC7:50・・・13:10フレンチ・パス(French Pass)5360m・・・14:20ヒドン・バレー(Hidden Valley)5170m
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夜中に何度もツクチェ・ピークから落ちる雪崩の音を聞いた。
昨日とは別世界のような夜明けを迎えることができた。
ダウラギリⅡ峰7751mが真っ白で、左にⅢ峰7715mからⅤ峰7618mと連なっている。
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アイガー岩壁は高度差1300mで聳え立っていて、ダウラギリⅠ峰8167mの山頂を隠している。
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ツクチェ・ピークも下部岩壁しか見えないし山頂は姿を隠している。
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目の前にはアイスフォールが迫っていて、後方にはダウラギリのルートである北東コル付近が眺められる。
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フレンチ・パスに向かうと北東稜の全容が見えるようになってくる。
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前方にはフレンチ・パス手前の丘が見えている。
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振り返るとⅠ峰の山頂が姿を現した。
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一度は目指した8000m峰だということもあり、細い目は食い入るようになっているだろう。

新雪を踏むのは日本でもヒマラヤでも同じ喜びを味わえる。
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標高8167mのダウラギリ主峰は世界第7位の高峰であり、サンスクリット語で白い山という意味である。
初登頂は1960年5月13日のスイス・オーストリア隊によって成し遂げられている。
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すでに標高は5000mに達していて、常に腹式呼吸を心掛けることが大切になってくる。
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ランチパックはおにぎり2個&ゆで卵&リンゴ&ビスケットと超豪華。
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2005年10月16日に登頂したツクチェ・ピーク西峰6837mが白く輝いている。
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憧れだったダウラギリ主峰をバックにして、サーダーには松田と鶴木の間に入ってこらう。
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フレンチ・パスに到着する。
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ムクト・ヒマールの山頂は雲に隠れている。
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ヒドン・バレーの向こうは3年前に向かったタシカンだが、登頂したⅠ峰6386mは雲に隠れて姿を現さない。
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ヒドン・バレーには張られたテントが小さく見えている。
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標高5170mのテントサイトに到着する。
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白いピークは6339m峰であり、目指すホンデ・ヒマールは雲に隠されている。

またムクト・ヒマールも山頂部は見えていないが、シェルパ3人にはルートを指差して指示をした。
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まず標高が低くて簡単なムクト・ヒマールを狙うことに決めている。
ホンデ・ヒマールのルートを確認できる利点があるからだ。

初めておでん(大根、玉子、ニンジン、ジャガイモ)が出て、日本の味に満足できる夕食になった。
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いよいよ明日はBC入りである。
誰が一番に山頂を踏むかはジャンケンで決めようと盛り上がった。



10月8日(土) 天候:晴れのち時々曇り
ヒドン・バレー5170m8:30・・・10:05BC5350m
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目覚めるとヒマラヤ襞を付けたシタ・チュチュラ6611mが望められ、この山もC3まで出して日本隊が初登頂した山である。
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右に目を向けると眺められるのはムクト・ヒマールだ。
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テントの向こうに白いピークが見えていて、その右にあるホンデ・ヒマールは隠れている。
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ダウラギリⅠ峰
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河原は広いので自由勝手に歩いている。
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人がセーターを着込んで寒さから身を護るのと同じように、植物体が柔らかい綿毛で被われているのがセーター植物だ。
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ゴリラはセーターではなくフリースを身につけている。
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左には5836mピークが岩壁を誇るようで、日本にあれば10本以上のルートができるだろう。
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その右には白い氷河が流れていて、まさにヒマラヤに来たことを実感するのである。
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BCは標高5500m付近を予定していたが、水を得られないとの理由で5350mとした。

さっそく調理用テントが建てられ、コックの指示でコンロの台が石で作られた。
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我々のテントからムクト・ヒマールは隠れているが少し下がると眺められる。
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それにシタ・チュチュラも見えるBCが気に入った。
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ここで10日間の生活が続くので、小石も片付けて整地してテントを張った。
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我々が常に食事をしてきた食堂テントも完璧で、昼は人気が高いうどん&コロッケだ。
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マルファから荷物を運ぶロバが雪で上がってこられなく、標高4000m少々のヤク・カルカで立ち往生している。
ポーターたち8人がヤク・カルカへ向かった。

持ってきた米酢と砂糖で今夜はスシ飯がよさそうだ。
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明日はシェルパ3人が上部を偵察に上がることになっている。
尿の出が少ないという松田にダイアモックスを飲むことを勧めた。


10月9日(日)天候:晴れ時々曇り BC滞在
なんと新雪10センチの朝である。
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キッチンから紅茶が運ばれるころテントに日が当たりはじめる。
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ツクチェ・ピークは雲で姿を現さないがシタ・チュチュラは真っ白に輝いて、今日は穏やかな一日になりそうである。
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朝食はいつもの卵焼きとトーストである。
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9時過ぎになりシェルパ3人がルートチェックに出る。
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キッチンボーイ2人が荷揚げの手伝いにヤク・カルカへ向かう。
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コックに2時間後には帰ると言い残し、我々3人も上部の様子を見るため出掛けることにする。
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ゆっくり40分ほど登ると前方が開け、氷河の向こうに6128m峰からムクト・ヒマールが見えてくる。
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もう少し氷河に近づきたい気持ちはあったが、時間が足りないこともあり標高5500mで足を止めた。
ここで45分ほと休憩して薄い空気を肺にいっぱい吸い込んだ。
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テントに戻り水場を見に行った。
100mほど下に水が流れる場所があり、小さなプールの水をキッチンが汲んでいる。
3分で20Lのポリタンクは満タンになっていた。
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暇なので水晶を探しにテントの周りを散歩した。
見つかったのは1センチにも満たない小さなものでガッカリした。
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3時前にシェルパたちが帰ってきたので、サーダーのチリンに上部の様子を聞いた。
氷河の標高5850mまで登ったらしく、ムクト・ヒマールは簡単だと言っている。
写した写真で説明してくれたが、想像していたとうり比較的容易に登れそうである。

じゃホンデ・ヒマールはどうだと聞いたところ
「ちょっと難しいです」
これも予想通りだ。

そこでラクパを呼んだ。
「ツクチェ・ピークのC1からC2までと比べてどうだ?」
「ツクチェより少し難しいです」
「じゃオールフィックスだな、面白そうじゃないか」
これでルートは決まったと安心した。

C1は氷河下の標高5650mぐらいになりそうだ。
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ただ数日前から気になっていたことがあった。
それは松田の体調である。
標高4000mを超えたジャパニーズBCから登行速度が落ち、頭の芯が痛いと訴えはじめたことである。
パルスオキシメーターで計測する動脈血酸素飽和度(SpO2)の数値も低かった。
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少し高度を上げた先ほどの動きも遅く、呼吸が苦しそうな様子が心配だった。

気になるので夕方近くになり計測したところ、70%ぐらいあって当たり前なのに40%未満の数値しか示さない。
昨夜は飲んだダイアモックスで2時間おきに尿が出たそうだ。
しかし顔はむくんでいる。

肺水腫の恐れが大きいこともあり、サーダーと相談した結果は速やかに下山することであった。
本人も覚悟を決めたようである。
夜になりサーダーがレスキューヘリを予約したところ、明日の朝9時ぐらいには飛んでくるそうである。
高度障害の悪化を防ぐ必要があり、今夜は酸素を吸い続けて眠ってもらうことにした。

松田は5000mを超えるトレッキングの経験は2回ある。
6年前のカラパタールは快調だったし、3年前のトロン・パスにも同行した。
まさかと信じられない思いを強くした。


10月10日(日祝) 天候:晴れのち曇り小雪 BC滞在
シタ・チュチュラとムクト・ヒマールの朝焼けを見た。
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3人で写真を撮りレスキューヘリを待った。
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ヘリはフレンチ・パス上空を飛び回り、ここを見つけられないでいるようだ。
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やがて頭上を旋回すると10時10分に着地した。
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あっという間に飛び立った。
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カトマンズの空港から救急病院に搬送され、3日間ぐらいは検査のための入院になるという。


のんびりツクチェ・ピークのルートを眺めた。
西峰(6837m)に登頂したのは2005年10月16日午前7時30分である。
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北稜にC1とC2を設営し、2度目のアタックでの成功を懐かしんだ。

ポーターたちが荷揚げを済ませてBCに戻ったのは夜だった。
膝上まで雪に潜る苦行を強いられたようである。
シェルパたちの装備やフィックス・ロープが届いたことで一安心する。
切れていたビールやチキンを気にしなくてもよくなった。

明日はC1へ上がることに決定した。
顔にむくみはないがSpO2の数値が低く、食欲の減ってきた大西の体調が気にかかる。


10月11日(火) 天候:晴れ BC滞在
シェルパたちの登攀装備は昨夜になり届いたものであり、C1から上部で使うグライミングギアの準備に忙しい。
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不要な荷物を松田のテントに残し、さあC1に向けて行動を起こすときがきた。
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C1までは3~4時間ぐらいなので10時に出発すればよい。
C1到着後の行動として、グライミングシェルパのラクパとフリは上部のルート工作に出ることになっている。
C1にはコックやキッチンたちも入ることになっている。

一足早く出発したコックたちを追ってサーダーと3人で歩きはじめ、後から見ると大西の歩き方がいつもと違っている。
ものの5分も歩かないうちに立ち止まり、休憩を要求するから確かに異変が起きている。
再び歩きはじめるが30mで止まってしまい、身体に酸素が入ってこない様子である。

「大西さん、上は無理ですね」と声をかけた。
サーダーがパルスオキシメーターで計測しようとして、何度も試みるが数値が表示されないようである。
上に向かったコックたちを呼び戻すため、まだBCにいるラクパとフリを大声で呼んだ。

まだ日程には余裕もあることだし、BCに引き返し様子をみることにした。

昼食は親子丼をコックに注文した。
新鮮なチキンがマルファから届いたからである。
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米はネパールで育てた日本米で美味しかった。
またエージェントが沢山の日本食を用意してくれたので、持っていった食料は余るという結果になった。

夕方ちかくなり酸素を吸うとSpO2は88%の数値を示した。
しかし酸素なしでは50以下になり、ここに滞在することは順応どころか危険である。
シェルパたちも「down is best」と言っている。

サーダーと相談の結果、松田と同じように今夜は酸素吸入が最良だろう。
レスキューヘリは明日の朝9時までには飛んでくる。

10日間もかけてBC入りしたにもかかわらず、二人が高山病になってしまったことは現実である。
しかもカトマンズの救急病院に入院する事態になってしまった。

私だけでも登頂したらとサーダーは薦めてくれた。
体調は良好で食欲はあるし、SpO2も80%台を維持していた。
これがヒマラヤなんだという思いがし、さらに残念だとという気持ちが複雑に交差した。
しかし一人で上に向かう気持ちにはなれないでいる。

登山を諦め明日の下山を決意した。
サーダーには自分の心境を伝えたつもりだが、その気持ちの整理には時間がかかるような気がした。

by nakatuminesan | 2016-10-22 12:26 | ヒマラヤ | Comments(2)