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2013.10.30 三嶺   

2013年 10月 31日

小島峠への途中から見上げる黒笠山は綺麗に色づいている。
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今日の三嶺は紅葉だけでなく、龍神池に立ち寄る目的があるから道はない。
野生動物の捕獲罠かな?
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クルミ?
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いきなりの急登を適当にシカ道を辿ったりしながら高度を稼ぐ。
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200mほど登れば傾斜が落ち、雰囲気のいい自然林に入っていく。
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三角点1332.9m
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剣山と次郎笈をYASURAGI本舗さんが写している。
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後方は塔ノ丸
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標高1350mから上はブナを主体とした広葉樹林となり、紅葉が見ごろになっているものだからワーワーキャーキャー。
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標高1400mからは胸突き八丁となり、ここを滑ったらどんなに快適だろうか。
また山スキーの予定先が増えてしまう。
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標高1500mでダケカンバの緩斜面となり、吸い込まれそうな青空が広がっている。
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枝振りの立派なダケカンバ
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30年ぶりに訪れる龍神池
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一帯はダケカンバ林に混じってカエデの赤が鮮やかだ。
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苔むした斜面から笹尾根に乗ると歩きやすく、2012年1月24日に登った北東尾根と合流する1700m地点。
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ダケカンバ林を抜けると笹原となり、三嶺避難小屋のトイレが見えてくる。
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後方右は塔ノ丸と丸笹山
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矢筈山~黒笠山
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P1791mからの三嶺山頂
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あと10分で山頂だ
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コメツツジ
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今年のコメツツジに枯れているような葉が目立つのは、中旬の霧氷で痛んだものかもしれない。
しかし山頂部はなかなか綺麗でいい感じで、平日だというのに多くの登山者で賑わっていた。
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天狗塚方面
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剣山方面
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三嶺は初めてというカモシカクラブ初参加のKさんご夫妻
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どうだ!今日はやすらぎポーズなのだ!
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風もない山頂で昼ごはんを食べていると、8月の塩見岳と剱岳をご一緒したKさんに声を掛けられる。
仲間と天狗塚から縦走してきたとは健脚ぶりは変わらない。
名頃に下山する彼らに「ゴリラを車まで送ってもらえませんか」と、勝手なお願いするとOKの返事。
ピストンの予定を変更して名頃に下山する。
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昨年が当たり年だったマユミは実を付けていない。
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今年の紅葉はいまいちと聞いていましたが、なかなかどうして綺麗だと思いました。
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Kさんたちグループの方にはお世話になり、本当にありがとうございました。

天候:快晴
林道名頃菅生線1080m8:50・・・9:45三角点1332.9m・・・10:45龍神池11:00・・・11:50P1791m・・・12:25三嶺13:00・・・13:30マユミの木・・・14:00ダケモミの丘・・・14:40林道・・・15:10名頃

by nakatuminesan | 2013-10-31 11:35 | 山行報告(中級) | Comments(2)

ネパールの話を聴く会   

2013年 10月 29日

前田さんの粋な計らいで「ネパールの話を聴く会」を開催することになりました。

① 日時・場所  11月15日(金)15時から四季美谷温泉で

★タシカンⅠ峰の報告会(プロジェクタで登山の様子を見ていただきます。ヒマラヤきれいですよ!)

★今回の登山で使用した装備の説明(日本の冬山装備でOKということを分かってもらいたいから)

★タイトル“ヒマラヤ6000m峰登山の勧め”で座談会(もっと気軽にヒマラヤに登ろうと言いたいから。トレッキングから登山まで、高山病や食事の話は役に立ちますよ。参考になる?資料もお渡しします)

★そのあと食事会

★広間でザコ寝(シュラフ持ち込み1000円・個室希望も自由)

② 翌日16日(土) おおつく谷右岸尾根~南高城山~高城山~ファガスの森(上部の紅葉は終わっていますが釜谷は見ごろ♪)

人数はこれから募集します。知り合いの方で是非という方はどうぞ御一緒に。
詳細は人数が決まり次第、追って連絡します。
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by nakatuminesan | 2013-10-29 11:40 | ヒマラヤ | Comments(0)

2013.10.28 旭ヶ丸~高鉾山   

2013年 10月 28日

ヒマラヤの装備やウェアを片付けました。
日本の雪山で使わないのは高所靴とチタンアイゼンぐらいで、あとの装備とウェアはもうすぐ出番がやってきます。
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午後はどこか山を歩きたいと思い、近場の旭ヶ丸へ向かいました。
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展望台から
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高丸山方面
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旭ヶ丸
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モジは紅葉している
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コウヤボウキ
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不動峠
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ついでだから高鉾山へ
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トリカブト
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急登にタシカンⅠ峰の雪壁を思い出す
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旭ヶ丸を振り返る
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急登を終えた高鉾山(P1031m)には新しい標識とベンチがある。
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フィックスロープがないのでは引き返す勇気もなく林道へ。
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アケボノソウ
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アサマリンドウ
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1時間半のハイキングとはいえ、秋の深まりを感じられてよかったです。

by nakatuminesan | 2013-10-28 18:02 | 山を歩いてきました | Comments(0)

タシカンⅠ峰・10月13日の登頂記   

2013年 10月 27日

ミッテル、コンティニュアス、ビレイ、スノーバー、ユマールなど用語の意味が分からないとご指摘がありました。
ミッテル(中間)、ユマール(ロープに引っ掛けて登る登高器で、カムの働きで一方にしか移動しない仕組みになっている)のように解説を書き加えました。
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by nakatuminesan | 2013-10-27 18:36 | ヒマラヤ | Comments(0)

2013.10.26 中津峰山   

2013年 10月 26日

長く続いた雨が止んだのでヒマラヤで使ったウェアや装備をサンデッキに広げました。
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9月には咲いていなかったアサマリンドウが気になる中津峰山へ向かいました。
歩き始めて感じたのは酸素が濃いことです。
急げば1時間で登れそうに思いましたが、今日はのんびりを決めていました。
しばらくは荒い呼吸の山歩きはしたくなかったからです。

如意輪寺のイチョウやカエデは色づきが始まっていて、見ごろは3週間後のような気がします。
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台風通過後の冬型気圧配置で剣山方面は雲に覆われているようです。
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アサマリンドウが咲き誇っていました。
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ヒマラヤの見送りに来てくれたM氏と合流し、タシカンⅠ峰のことをあれこれ話しました。
そのうち次々と知った顔が登ってきて登頂を祝ってくれ、初対面の方からコーヒーを頂いたりして気分よく山を降りることができました。
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ヒマラヤへ行っているあいだに山はすっかり秋色になっていました。
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by nakatuminesan | 2013-10-26 16:20 | 山を歩いてきました | Comments(0)

ヒマラヤ2013 タシカンⅠ峰(6386m) 9.26~10.22 NO.3   

2013年 10月 25日

10月15日(火)曇り時々雪
BC8:45・・・10:45ヒドン・バレー・・・14:45ダンパス・パス・・・16:15ダンパスBC
マルファまでは1日で下山できず、今日はダンパスBCまでだ。
小雪が断続的に舞うなかで撤収作業をした。
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ロバは呼ばず荷はキッチン2名とポーター3名の肩にかかる。
日当500ルピーアップらしいから気合が入っているようだ。
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35キロ平均だが若者とはいえ体力差があり、ヒドン・バレーまで下ると列は離れ各自のペースになる。
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ダンパス・パスへは近道の谷を登る。
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飛行機の機体の破片が残骸として散乱している。
これはスイス隊によるダウラギリⅠ峰初登頂の1960年、飛行機が山に近づく際に破損したため捨てられたものである。
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やがて谷は雪原に吸収されるがパスは遠く、その広さといったら平家の馬場や瓶ヶ森の比ではない。
山スキーをしたいと思った。
あと2ヶ月で初滑りだ。
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ダンパスBCに着いても雪は続いた。

10月16日(水)雪のち曇り
ダンパスBC9:30・・・12:15尾根4800m・・・13:40ヤク・カルカ・・・16:50マルファ(ホテル・サンライズ)
ポーターのニマとキッチンのカミが雪盲で何も見えないというので、ラクパが付き添ってダンパスBCに残る。
ニマにスペアのサングラスを与え、パサンの靴が滑るので高所靴を貸してやった。
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長いトラバースを終えるころ雪が止み、尾根に立つ手前で突然ニルギリが姿を見せた。
荒い呼吸を整えカメラを出した。
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尾根に乗ると雪は消え、その向こうには草紅葉のような斜面が広がった。
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風は強かったがゆっくり休憩した。
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立ち上がるとニルギリは姿を隠していた。
さあ残るは標高差2100mだと再びガスの中へと下っていく。
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何度も経験していることだが、4500mまで下ると急に呼吸が楽になり酸素の濃さがよく分かる。

ヤク・カルカの4000m付近に6人のフランス隊がいて、聞くとダンパス・ピークを目指すらしい。
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ポーターのディパが一番強いようで、大きな荷物に身体を隠しどんどん下っていく。
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リンドウに心が安らぐようだし、この2週間で紅葉が進んでいる。
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膝の痛みを訴えるスッバは速く下れない。
膝の上下を強く縛るといいと教えてやった。
マルファの街を見下ろしながら最後の休憩とする。
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カミと祝杯のあと家に電話をした。
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10月17日(木)曇り時々晴れ マルファ滞在
村には大きな僧院サムリン・ゴンパがあり、朝からお参りする人が多い。
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もう今日からは天気を気にしなくてもいいんだと、昼からビールを楽しむ贅沢を味わった。
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マルファのリンゴは小さくて可愛いく、サイズはミカンぐらいしかない。
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3時ごろになってラクパ、ニマ、カミがマルファに到着。

10月18日(金)マルファ8:00⇒⇒10:50ガーサ11:15⇒⇒13:30タトパニ⇒⇒15:00ベニ(ホテル・ムスタン)
私のことを“外国さん”と呼ぶディパが部屋にミルクティーを持ってきた。
それにラクパが“おじさん”と呼ぶのにもちょっと参った。

徒歩10分ほどの町外れでバスに乗る。
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ローカルバスの窓から見えるのは集金にきたロバ使いで、ロバ1頭1日1000ルピーらしい。
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ツクチェの村を過ぎたあたりから眺めるニルギリが輝いている。
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ガーサでバスを乗り換えるときは、荷物は屋根から屋根へ手渡しする。
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しばらくはカリ・ガンダキの絶壁の道を進むのだが、左側の座席はあまり気持ちのいいものではない。
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タトパニでの昼食はダルバートと決めていた。
4月に食べたのが美味しかったからである。
ところがいい店がないとかで、ゴレパニへ向かう乗客を降ろしてバスはベニへ。
バスの運ちゃんは若いころの郷ひろみと似ている?
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帰りのチケット変更のことでダワに電話をした。
タイ航空の帰国便の変更はできないそうで、別のチケットを取るように頼んだ。

コック、キッチン、ポーターの6人は夕方5時発のナイトバスでカトマンズへ向かう。
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ダルバートを口にしながら彼らを思った。
私はここに泊まるからいいけれど、続くバスに疲れて眠っているだろうか。

10月19日(土)
ベニ7:35⇒⇒10:00バティ10:30⇒⇒11:15ポカラ⇒⇒12:00ポカラ郊外事故による通行止め16:00⇒⇒渋滞⇒⇒18:00⇒⇒19:45夕食20:30⇒⇒23:10カトマンズ(フジホテル)
久しぶりにトーストと目玉焼きの朝食
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差席数15人分のハイエースに23人を乗せて一路カトマンズへ。
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かなり田んぼは色づいてきたし、標高の低い場所では稲刈りが行われている。
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ポカラの町はカトマンズに比べて静かで落ち着ける。
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5時にはカトマンズだと、のんびりした風景を眺めていた。
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ところが事故による通行止めで4時間足止めになる。
迂回路はなく、なんの情報も耳に入らない。
地図にはハイウェイとあるが、日本ならせいぜい町道だろうか。
牛はモーと鳴けばよいが、こちらはもーいつになれば走れるのと聞きたい。
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すぐ前に店があり食べ物や飲み物を求める客で繁盛している。
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これはシュウマイ?餃子?なかなかいける味。
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この暇なときにカミは私をエベレストに誘った。
来年の春にも行くらしく、カトマンズ~エベレスト~カトマンズ75日間の行程だ。
アタック前には5300mのBCから4400mのディンボチェへ下り休養するそうだ。
私なら55日間の行程だと、ノコギリ状の行程を紙に書いて見せた。
カミはそれを見ていいプランだと答えただけで、私にその気がないことを知っている。

カミは三浦雄一郎と同じ日にサミットしていて、シェルパを7名連れていたそうだ。
カトマンズで最も有名な日本人を聞くと、すぐさま田部井淳子だと返ってきた。

ナイトバスになるのかと覚悟したころ動き始めた。
走り出してからも渋滞が続き、車が流れ出したのは2時間後。
カトマンズでの日本食を諦め夕食はネパール食に。
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カトマンズのフジホテルに入ったのは23時を過ぎていた。
やはりホテルはいいと思った。
ベッドだって清潔だし快適だ。
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アップル・ブランデーを少し口にすると眠ってしまった。
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10月20日(日)カトマンズ滞在
6時間の熟睡で6時に目覚めた。
3週間ぶりの風呂に入り、1時間かけて湯の感触を楽しんだ。

朝食はバイキングで美味しかった。
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インターナショナル・ゲストハウスのような広い中庭ではないが、食後は庭のテーブルでコーヒーを飲んだ。
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インターナショナル・ゲストハウスはタメルの西だがフジホテルは東にある。
スタッフは全員が日本語を理解できるようで、ネパールが初めての人には安心できそうだ。
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10時になるとダワが来て登頂を祝ってくれた。
ランタンのトレッキングに行っていたそうで、天気がよくなかったが最終日だけ山が見えたらしい。
今年は天候が安定せず、9月29日にはヒムルン・ヒマールでシェルパ3名が雪崩の犠牲になった。
またメラ・ピークの近くでも、村人が雪崩で行方不明になっている。

帰りの航空券を受け取った。
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昼は「おふくろの味」へ行くと「山はどうでしたか?」と聞かれた。
日焼け具合から山だと分かったそうだ。
山に登らない一般のネパール人はエベレストとダウラギリぐらいしか山の知識がなく、タシカンなど地元のマルファでさえ知る人はいなかった。
ビール&唐揚げ定食を注文した。

観光省へ行くので1時にダワがホテルに来た。
観光省ではダワが各部屋を行き来するうちに担当がいなくなり、登頂証明書の受け取りは明日になってしまった。
明日の10時に会う約束をして別れた。

夜は桃太郎で鍋焼きうどん。
ボリュームがありエビはいいが麺はいまいち。
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10月21日(月)
フジホテル20:00⇒⇒20:20カトマンズ・トリブバン空港〔KA191〕23:30⇒⇒
ダワから登頂証明書を受け取る。
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登山許可証
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トレッキング許可証
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スノーバーとフィックスロープの一部もタシカンの記念
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今回でネパールは8度目だし、お互いに気を使わないほうがいいと思い食事会は断った。
夜8時まではフリーでいたかったし、ぶらぶら買い物をしたかった。
チュルーとメラ・ピークの地図を買った。

また食べ物の話題だが・・・昼は絆で天丼(210ルピー)。
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これはボリュームたっぷりでお勧めの一品。
この店は路地裏にあり静かで気に入っている。

ダワとフジホテルで
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空港まではダワとラクパが送ってくれた。
見送ってくれるダワとラクパ
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香港行きKA191
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昼発のTG320便だと機窓からエベレストやカンチェンジュンガの眺めを楽しめるが、深夜便なので小さくなっていくカトマンズの街の明かりを見送った。

10月22日(火)
⇒⇒6:25香港〔CX506〕10:10⇒⇒14:55関空16:10⇒⇒18:50徳島駅
香港空港
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香港のトランジットでゲートが変更になり慌てたが、関空行きのCX506ではスーパードライがでた。
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by nakatuminesan | 2013-10-25 15:40 | ヒマラヤ | Comments(0)

ヒマラヤ2013 タシカンⅠ峰(6386m) 9.26~10.22 NO.2      

2013年 10月 24日

NO.2(BC~登頂その2)
降りてきた2人に指で詳しく説明した。
「いいか聞いてくれ。あの飛び出ている三角がタシカンⅠ峰だ。ルートはあの右に見えるプラトー(雪の台地)の左にあるはずだ。すこし岩場があるかもしれないが、フィックスロープは200mぐらいで大丈夫だろう。」

11年前の初登頂ルートはあそこしか考えられない。
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「分かりました。今日はここで泊まって、明日BCへ帰りましょう」
「こんな落石がありそうな鳥の巣みたいな怖い場所にいたくない。私は一人でもBCへ降りる。」
2人は顔を見合わせて相談の結果「3人でBCへ降りましょう。使った400mのフィックスロープは明日私が回収に登ってきます。」とラクパが言った。

平静を装っていたつもりだが、腹が立っている私の顔はどんなだっただろうか。
登ったことがない山でもきっちりガイドしろよ、お前たちだって登ったことのないⅠ峰に立ちたいだろうと言いたかった。
しかしマナスルをはじめアンナプルナ山群の展望を満喫できたのでよしとしよう。
中央がマナスル(8163m)
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10月9日(水)快晴 BC滞在 
ラクパとポーター3名で荷下げした装備を氷河の末端にデポしてきた。
夜の海苔ご飯はなかなかいける
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物事の決定は昼すべきであり夜はよくない。
特に弱気になりやすい深夜や悪天候時は避けるべきである。

10月10日(木)晴れ時々曇り BC滞在 
カミとラクパは正真正銘のルート偵察に出るので、略図を渡して再度詳しく説明をした。
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昼間はテントの中でゴロゴロ
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地図と行程表は常に見る・・・もう半月が経ったのか。
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ランチのスパゲティが美味い
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もう帰るころだと3時過ぎに外へ出ると、タイミングよく姿が見える。
ラクパの顔がにやにやしている。
「どうだった?」
「ルートできました。C1はプラトーです。その上はイージーです、ロープ要りません。C1から1時間ぐらい登りました。稜線はフィックスが必要だと思います。」
「サミットできそうか?」
大丈夫だと親指を立て、私を背負ってでも登る真似をした。
年寄り扱いするなと言いたかったが、これで登頂の見込みが立ったことで気持ちが楽になった。
と同時に「どうだ、オレが言ったとうりだっただろう。まるでこちらがガイドじゃないか。」という気持ちを抑える快感に浸った。
また情報が少なくルート図さえないタシカンⅠ峰に、未踏峰に向かうような新鮮味を感じていた。

明日はC1だ。

10月11日(金)雪のち曇り
深夜3時から雪が降り出しアタックは中止。
8時前になりスッバがヤカンでミルクティーを持ってくる。
それから朝食だからのんびりしたものだ。
昨日のスパゲティが美味かったので朝食に頼んだところ、運ばれてきたのはお茶漬けと味噌汁だった。
スッバは二つのメニューを覚えることができないようである。

マルファで剃った髭が伸びてきた
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昼過ぎには雪が止む
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3時ごろからツクチェ・ピークが見えるようになり、南の方向に青空が広がりだす。
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BC入りしたときは68だった心拍数が今は60だ。
パルスオキシメータはないが、この高度に順応したことを確信した。

10月12日(土)晴れ時々曇り
BC11:40・・・12:50氷河末端(5600m)13:10・・・15:00C1(5900m)
よい天気で明けた。
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昼食を済ませてからのんびりBCをあとにする。
尾根を回り込むとⅠ峰が望める。
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うねりのように緩やかなモレーン(堆石・・・氷河が谷を削り取ってできた土手のような地形)を越えながら氷河を目指す。
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氷河から少し離れた場所には3日前にデポした装備があり、トレッキングシューズから高所靴に履き替える。
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氷河の舌端部は氷壁になっているが、右岸のサイドモレーンを進むと簡単に氷河上に乗れる箇所がある。
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氷河は緩急のある4段になっていて、硬い氷に雪が乗った状態でアイゼンは必要としないし、もちろんフィックスロープも不要だ。
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先行するのはサーダーのカミとキッチンのカミであり、キッチンのカミはサーダーのいとこだ。
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氷河の状態は良くクレバスもなくて歩きやすい。
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一部で右岸のガレを通過したあとは再び氷河に乗る。
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振り返ると5827mの岩峰と同高度になる。
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雲はあるがニルギリやアンナプルナには日が射している。
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ダウラギリⅠ峰とツクチェ・ピーク
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C1となるプラトーではテントを設営中だ。
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正面にタシカンⅠ峰があり、山頂へのルートは左上に雪の斜面を登る。
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広い雪原になっているC1は感じがよく、風がある時は適さないが今日は問題ない。
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しばらくするとラクパがビールを差し出すので驚いた。
明日のアタックに備えて今日は我慢するつもりだったからだ。
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ニルギリとアンナプルナが夕日に輝き、明日は素敵な登頂日になるだろう。
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10月13日(日)晴れのち曇りのち雪
C16:40・・・8:40稜線6180m・・・12:30稜線6280m・・・14:20タシカンⅠ峰山頂14:30・・・16:30C116:45・・・19:10BC
C1をフル装備で出発する。
雪の斜面をひと登りするとテントが見下ろせ、左に進むと広い雪面はリッジに変わっていく。
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ここでザイルを結び合う。
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トップはラクパで、私はミッテル(中間)のコンティニュアス(ザイルを結んで同時に連続して行動すること)だ。
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リッジはすぐに終わり、広い氷混じりの斜面となる。
右方向にはⅠ峰が迫るが、山頂は丸いドームの向こうに隠れて見えない。
マイナス15度ほどだった気温は日差しとともに上がり、ここで厚いダウンジャケットを脱いだ。
ザックの両サイドにスノーバー(長方形のアルミ板をL字型に曲げて先を尖らせた物で長さ60~70センチ、雪面に打ち込んで雪壁や雪稜登攀でアンカーに使用する)を付けたカミが稜線の様子を窺っている。
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2mほどある氷の垂壁を越えるとⅠ峰とⅡ峰を結ぶ稜線に立つ。
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Ⅱ峰の後方にはダウラギリⅠ峰とツクチェ・ピークが高い。
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ドーム型をしたⅢ峰に目をやると、その後方左右にあるのはダウラギリⅡ峰とホンデ・ヒマールだ。
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前方のピークはリッジではなく右の雪壁をルートに選ぶ。
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ここからはカミがトップに立ち、フィックスロープを張ると言っている。
この斜面ならフィックは要らないと思うし、山頂までにロープを使い切ることが心配だ。
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この斜面を登り切ると山頂の一角が見えるリッジに乗る。
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今年の秋は雪の日が多かったこともあり、左側の西斜面は見るからに不安定であり、雪質を見極めなければ雪崩を引き起こすだろう。
ここから山頂まではフルフィックスが必要と考えられ、ラクパはロープの撚りを直し始めた。
この待ち時間に寒さを感じたが、指の冷えはないので我慢した。
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部分的にクラストした箇所があるが、表面だけが硬いモナカ雪もある。
1回だけユマール(ロープに引っ掛けて登る登高器で、カムの働きで一方にしか移動しない仕組みになっている)を使ってみたが必要とせず、カラビナスルーのほうが登りやすく感じた。
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すこし左に寄り過ぎていると思ったが、ここはヒマラヤだからカミたちに任せよう。
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膝まで沈む雪にカミのスピードが落ちてきた。
この私でも簡単に追いついてしまうからだ。
シェルパは6000mぐらいまで高度の影響を感じないというが、このラッセルでは楽には登れない。
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残り高度100mに迫ったところでラクパがトップに立つ。
中央のギャップから雪壁を越せば山頂は目の前だ。
この時点で時刻は12時30分となり、登頂予定の12時を過ぎている。
カミに今日は雪の状態が悪いと言うと「ビーズのようで良くないです」という返事がある。
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午後になると雲が増えだし、ダウラギリやアンナプルナ方面も山頂が隠れている。
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45度の雪壁を登ると山頂までの距離は80mに迫る。
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手を伸ばせば届きそうだが、ここでフィックスロープを使い切る。
いつ雪崩るか分からないナイフリッジは危険だ。
45度の右斜面をルートとして、中間でビレイ(確保)すれば2ピッチだと私は主張した。
斜面の雪が不安定かもしれないと、予想に反して2人の返事はノーだ。

無茶は避けねばならないが無理は通さなければ登れないこともある。
ここはヒマラヤなんだし、そこに山頂があり時間はある。
登りたい気持ちはシェルパも同じはずだ。
ではどうする。

彼らが考えた方法は3時35分行動だった。
時計の針で3時がカミ、私は35分、ラクパが時計の中心だ。
ナイフリッジにラクパが乗り、カミと私は45度の斜面を右上に通過する。
動くのは1人だけとして、万一スリップしても止められる体勢とした。

3人は尺取虫のようにじわりじわりと山頂に迫っていった。
このシーンを写真に収めたかったが、目も手も離せない状態ではカメラを出す余裕はない。
この80mの通過に45分を要し、ラストの私が山頂に立ったのは14時20分である。
タシカン“幸運の雪山”は微笑んでくれたのである。
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ダウラギリ方面
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トロンパス方面
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タサルツェ
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山頂滞在は10分と短く、すぐさま下山を開始する。
最後の80mを同じように下るものと思ったところ、斜面につけられたトレースを使った。
雪崩れる心配のない雪質だと判断したようだが、下りなので彼らも神経を使って通過していた。
フィックスロープまで下り、これで一安心だと緊張が解けるのを感じた。

登るときなかった段差に気がつくと、50センチほどの板状表層雪崩の跡だった。
フィックスロープの中間だったからいいようなもので、スノーバーを打ち込んでいたなら流されていたであろう。
C1を撤収して氷河を下るころから雪が舞いだした。
BCに着いたのは19時10分であり、ヘッドランプで歩いたBCへの最後のトラバースは長く感じられた。

きょう口にしたのはチョコバー半分とクッキー2個にテルモスの湯300CCのみ。
12時間30分行動では疲れから食欲はなく、それでもビールだけはしっかり飲んでいた。
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10月14日(月)雪 BC滞在
昨日の夕方から降りだした雪は止みそうにない。
Ⅱ峰とⅢ峰は見えず新雪15センチ。
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信州の高い山では紅葉が盛りを過ぎ、四国でも色づきが始まっているだろう。

8時ごろスッバがミルクティーを差し出して、「よく頑張りましたね」と登頂を称えてくれた。

今回はタシカンⅠ峰を登ったあと、もう一つ6000m峰を登る計画でいた。
それはBCまで2日の行程で日程に余裕はあるが諦めた。
その理由は簡単で、今年は天候が安定しなく登頂の見込みがないからだ。
そのことは12日にカミに伝えてある。
よい天気の日に登頂できたことを嬉しく思った。
カランクルンを見たときの予感が当たったようだ。

今日は昨日の登頂シーンを思い返す休養日にしよう。

by nakatuminesan | 2013-10-24 12:14 | ヒマラヤ | Comments(3)

ヒマラヤ2013 タシカンⅠ峰(6386m) 9.26~10.22NO.1   

2013年 10月 23日

隊の名称:ツルちゃんタシカン登山隊2013
     (TSURUCHAN TASHI-KANG 6386m EXPEDITION 2013)
目標の山・ルート   タシカンⅠ峰(6386m)の南面ルートからの登頂
隊の構成     隊員 1名
           サーダー 1名
           クライミング・シェルパ 1名
           コック 1名 
           キッチン2名
           ポーター4名

ヒマラヤには8000m峰と未踏峰に加え、手垢の付いていない6000m峰という三つの目標があった。
初めての8000m峰であるチョー・オユーは2008年に計画した。
カトマンズ入りすると中国ビザが発行されないことが分かり、多くの隊と同じようにマナスルに転進したが、悪天候による降雪によりC2(6400m)で敗退した。
その後トレッキングの機会は二度あったが登山をしたいという思いが強まり、2005年秋のツクチェ・ピークから付き合いがあるエージェントと連絡を取り合うようになった。

タシカンの概要
タシカンはダウラギリ山群の北東端に位置し、ダウラギリⅠ峰の北東22km、カリ・ガンダキ沿いの村ジョムソンの北西12kmにある。
西面はリカ・サンバ(ヒドン・バレー)に面し、三つのピークを有する。
東の最高峰であるⅠ峰から西へ順にⅡ峰、Ⅲ峰と並び、高度はどちらも6157mであり、Ⅰ峰とⅢ峰の距離は約1.5kmである。
山名はチベット語でタシは「幸運」、カンは「雪山」の意味である。
タシカン峰はネパール登山協会(NMA)の管轄でなく6500m以下にも拘らず政府登山局から登山許可を取る必要がある。
そして登山手数料$200の支払いと、環境保護協力のデポジットとして$500を別途納めることが求められる。
これは不燃物を持ち帰り、登山終了後の手続きで戻ってくる。

タシカンの登山史
1974年春、西ドイツのトレッキング隊(G.ハウザー隊長)がリカ・サンバ(ヒドン・バレー)に入り、1ヶ月の滞在中に10峰の山頂に立ち、4月28日にタシカンⅢ峰に初登頂した。
2002年8月14日に東京都勤労者山岳連盟所属のグループ 4人がタシカンI峰に初登頂し、また3人がタシカンⅢ峰に登頂した。
2010年秋には九州大学山岳会がタシカンⅡ峰に登頂している。
タシカンI峰の東側にはタサルツェ(6343m)、北にタシカン北峰(6405m)があり2011年現在共に未登とされている。
しかしエージェントに調査を依頼したところ、すでにヨーロッパ人が登っているとの報告があった。
タシカンI峰は2009年秋の登頂が第5登との情報を得た。
目標とする手垢の付いていない6000m峰であり、天候が味方してくれたなら登れそうな山だと思った。

アプローチ
登山口となるマルファの隣村ジョムソンへはポカラから飛行機がある。
しかし悪天候によるフライトの欠航と近年の道路事情から、カトマンズからバスと四駆による陸路とした。

装備
個人装備は日本から持っていく。

エージェントが準備する主な装備
①キッチンテント
②個人テント
③メインロープ(9mm×40m)1本
④フィックスロープ(8mm)600m
⑤スノーバー(60cm)12本
⑥アイススクリュー6本
⑦酸素(ロシア製3L、300気圧、900Lシリンダー)1本 (緊急医療用)

食料
登山中の食事はコックが料理する。
日本からは梅干、海苔の佃煮、乾燥ワカメ、アルファ米、レトルトカレー、レトルト牛丼、チキンラーメン、スープなどを用意した。


NO.1(徳島~カトマンズ~BC)
9月26日(木)徳島駅18:50⇒⇒21:25関空
関空行きのバスを待っているとM氏が見送りに来てくれた。
いよいよ行くのだと嬉しい反面で、すこしプレッシャーを感じてしまう。

9月27日(金)
関空〔TG673〕0:30⇒⇒4:20バンコク〔TG319〕10:15⇒⇒12:25カトマンズ・トリブバン空港13:30⇒⇒14:00インターナショナル・ゲストハウス
毎度のタイ航空でカトマンズに到着。
ビザの取得に時間がかかり、4月のトロンパスから5ヶ月ぶりに会うダワが心配そうな顔で迎えてくれた。
また今回のサーダーであるカミとは5年前のマナスル以来である。
宿はブーゲンビリアが咲くインターナショナル・ゲストハウスで、初めて中庭が見える2階の部屋だ。
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さっそく政府観光省(登山局)へ出向く。
担当者からブリーフィングを受けるのだが、顔を見せて登山計画書にサインをするだけのことだった。
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夜は日本料理店「桃太郎」でカトマンズ入りを祝い、塩で焼いた焼き鳥とカツ丼。
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9月28日(土)KTM滞在
朝食はいつもアメリカン・セット
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町に出て2万円をルピーに両替すると19660円。
4月は1ルピー≒1.2円だったが今は≒1円だ。
ストック(1400ルピー)と忘れたテルモス(2800ルピー)を買う。
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マーケットにはスーパードライ(215ルピー)が並んでいる。
ちなみにTUBORGは145ルピー。
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3年前に泊まったホテル・ノルブリンカや、いつも入る1階がケーキ屋の喫茶店を散歩した。
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夜はキツネうどんを注文したが麺がまずいので後悔した。
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9月29日(日)
KTM8:00⇒⇒12:10ランチ12:50⇒⇒14:00ポカラ⇒⇒16:50ベニ(ホテル・ムスタン)
今日はバスでポカラを経由してベニへ向かう。
トロンパスのときのポーターであるアルジュンが今回も加わっている。
コックのスッバの一言「楽しい山登りにしましょう」が嬉しかった。
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5ヶ月前に走った道なので記憶は新しく、どれも見覚えのある風景だがまだ緑の田んぼが鮮やかだ。
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昼食のとき若いスタッフたちがこちらを窺っている。
A・・・こんどの客いくつだと思う?
B・・・若くはないよな。
A・・・63歳だってよ。
B・・・オレのオヤジよりだいぶ年寄りだ。トレッキングにしときゃいいのに山登りか~。
A・・・家にいられないのかな。せいぜい助けてやろうぜ。
こんな会話かなと想像してしまうのであった。

何十年も前のカローラはまだ現役・・・ゴリラも現役!
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ベニではホテルとは名ばかりの安宿で、他の宿泊者がうるさいし早くマルファへ着きたかった。
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しかしベニは人の行き来や交通の要所らしく、車はたくさん停まっているし活気がある。
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夜はダルバートを注文すると味はよかった
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9月30日(月)
ベニ7:30⇒⇒9:00バティ9:25⇒⇒10:00タトパニ⇒⇒10:45ランチ11:15⇒⇒12:15ガーサ⇒⇒15:00マルファ(ホテル・サンライズ)
屋根に荷物を満載してバスはマルファへ向かう
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途中のバッティでお茶や昼食
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5ヶ月前に通ったばかりなので悪路は知っていたが、特にガーサの手前が悪路中の悪路。
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前方からやってくる羊の群れは、もうすぐ始まるネパールの祭りダサインで食べられてしまう。
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カリガンダキ川が渓谷から広い川原に変わり、荒涼としたチベット風の景色になるとマルファに到着する。
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白壁が美しいマルファの宿はホテル・サンライズ
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今夜からコックが料理するというので、さっそくチキンと野菜炒めのアテを頼む。
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マルファ名産のアップルブランデー
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10月1日(火)曇り時々晴れ マルファ滞在
明日からの登山を前に今日は休養日。
街中で映画が撮影されていた
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ツクチェからマルファにかけてはリンゴ園が多く、乾しリンゴもこの村の特産品である。
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食堂はサンルーム風になっていて、昼間は晴れていると明るくて暖かい。
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夕方にはトロンパスを越えてきたスペインの15名が到着する。
私たちが越えた4月19日は快晴だったが、彼らは山を見ることなく歩いたことだろう。

食べることばかりで恐縮だが、今夜はカツ丼&とうふ入り味噌汁。
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10月2日(水)曇り時々晴れ
マルファ9:20・・・11:55カルカ(3440m)・・・15:35ヤク・カルカ(4130m)
朝食を済ませて外に出ると隣村ジョムソンからロバ使いが5頭のロバを連れてきた。
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サーダー、クライミング・シェルパ、コック、キッチン2名、ポーター4名に私の10名の小さな登山隊だ。
ロバ使いを加えた11名とロバ5頭でタシカンBCに向かって出発。
乗鞍岳から9日ぶりとなり、やはり山を歩くのはいいと思った。
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コックが作ったランチパックを食べていると、上空を何百羽ものカランクルンが飛んでいる。
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アネハヅルという小さなツルで、越冬のため寒い中央アジアやモンゴルから、温暖な南のインドやアフリカに渡っていくのだ。
鳴き声から「カランクルン」と呼ばれているもので、ヒマラヤ7回目にして初めて目にする光景だった。
今シーズンは山が見えない天候続きだが、これでモンスーンが明けるのではと期待した。
そして登山初日のラッキーな光景に、今回の登山がうまくいくような気がした。
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やがて尾根に乗るとジョムソンの村が望めるが、ムクティナート方面は雲に覆われている。
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樹林が少なくなるとリンドウを目にするようになり、なぜかこの花が気に入っている。
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雲底は4200mあたりだろうか
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紅葉は日本のようにきれいではないが、色づきが始まっているようだ。
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そのうち富士山の高度を超え、2005年秋のツクチェ・ピークでキャンプした場所を通過する。
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水が悪いとの理由でさらに高度を上げ、4130mのヤク・カルカが今日のテントサイトである。
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ニルギリ・ノース(7061m)が雲の切れ間から山頂を見せている
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しっかりした石造りの小屋があり、肝心の水はすぐ横を流れている。
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4月のトロンパスの貯金があるので高度に対する心配はないだろが、いっきに1450mも登ったのは初めてのことだ。
夕食の1時間前になるとテントにビールが運ばれる。
宅配ならぬテント配であり、カトマンズで買った25缶の1缶目だ。
よほど酒が好きと思われようが勝手であり、1時間かけて舐めるように飲むから心配無用。
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10月3日(木)曇り時々晴れ
ヤク・カルカ滞在 テントサイト13:00・・・14:20(4500m)14:30・・・15:00テントサイト
高度順応のため4500mまで往復する。
一人で大丈夫だと言ったが、クライミング・シェルパのラクパが付き合ってくれる。
おまけにテルモスしか入っていないザックも持ってくれた。
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登るにつれガスとなり、4400mあたりから手袋に霧氷がつくようになる。
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今日もムクティナート方面は雲に覆われている
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4400mを超えるとセーター植物を見るようになり、人がセーターを着込んで寒さから身を護るのと同じように植物体が柔らかい綿毛で被われている。
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テントに帰るとニルギリが姿を現したが、すっきり晴れない天気が続いている。
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10月4日(金)曇り時々雪
ヤク・カルカ9:15・・・10:45尾根4600m・・・12:00尾根4800m・・・12:50ランチ13:20・・・15:05ダンパスBC(4920m)
ポーターたちと一緒に出発する
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4800m付近で尾根を外れ、ダンパス・ピーク(6012m)の南面のトラバースになると雪が現れる。
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晴れていれば左方向にツクチェ・ピーク(6920m)やダウラギリ(8167m)の展望がすばらしいのだが、視界のない長くて単調な道が続いている。
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キャンプ地は2005年にも使った場所であり、周囲の地形は記憶に残っていた。
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10月5日(土)曇り時々晴れ
ダンパスBC 8:50・・・10:50ダンパス・パス(5244m)・・・12:00ヒドン・バレー(4920m)
今日こそはと期待したツクチェ・ピークは山頂を隠している
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前方はリトルツクチェ・ピーク(5882m)
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小さな尾根を右に回りこむと高度は5000mを超え、前方にはダンパス・パスが見えてくる。
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表現のしようがないほど広々としたダンパス・パス
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 フレンチ・パス(5360m)方面
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少し標高を下げると雪は消え、ヒドン・バレーを下っていく。
雪をつけたピークがタシカンⅢ峰で、その右奥にあるタシカンⅠ峰は雲に隠れている。
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荒涼とした谷に咲く花
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ダンパス・ピークの北西に位置するテントサイトからは山頂を望める
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コックのスッバ(62)とラクパ(23)
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すし飯&餃子&味噌汁
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10月6日(日)曇り時々晴れ
ヒドン・バレー8:20・・・10:00モレーン末端(4850m)・・・14:05タシカンBC(5500m)
うっすら積もった新雪を踏みしめながらBCへ向かう。
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ヒドン・バレーの広い川原を離れたあとは、氷河が押し出したモレーンの末端から高度を上げていく。
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トレースはおろかケルンもない
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雪化粧したフレンチ・パス
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タシカンⅢ峰の右奥はⅡ峰
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前方は5867mピーク
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Ⅱ峰が全容を現す
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BCに到着する
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地図では谷の中に池があり、その付近をBCにと考えていた。
サーダーのカミに聞くと、そこは水が得られないとのことだ。
とにかくBC入りができたことで一安心だ。


NO.2(BC~登頂その1)
10月7日(月)快晴 BC滞在 
快晴で明けた。
ツクチェ・ピークとダウラギリⅠ峰に朝日が当たりだす。
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そしてダウラギリⅡ峰(7751m)やホンデ・ヒマール(6556m)が黄金に輝く。
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このような快晴は初めてのことでモンスーンが終わったのだろうか。
しばらく晴れの日が続きそうで、この好天を登頂につなげたいと思う。

BCはタシカンⅡ峰から南西に延びる尾根の末端に位置し、北にはⅢ峰が望め西にはモレーンが小山のようにある。
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小さなタルチョーが張られている
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5500mという高さのBCは初めてである。
酸素量が下界の半分になるエベレストのネパール側BC(5300m)より高く、ゆっくり歩かなければ息切れする。

メンバー紹介
左からカミ(29)サーダー、カミ(20)キッチン、ニマ(36)ポーター、ラクパ(23)クライミング・シェルパ、ディパ(23)ポーター、パサン(18)キッチン、アルジュン(22)ポーター、スッバ(62)コック、ゴリラ
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 サーダーのカミ・シェルパとは2005年秋のツクチェ・ピークと2008年秋のマナスルで行動を共にした。
エベレスト7回のほかマカルーやローツェの登頂歴があり、高所に強くクライミングセンスがある。
この数年で日本語が上手になったハンサムな青年である。

クライミング・シェルパのラクパとは初めてだが、2005年秋のツクチェ・ピークで一緒に登頂したギャルツェンの息子である。
19歳のときマカルーに登頂しており、日本語が上手でよく気がつく若者である。

コックのスッバは日本に6年間いたことがあり、日本食を得意としていて人懐っこい。

ポーターのアルジュンは4月のトロンパスでも一緒だった。
すこ~し櫻井翔に似ているかも。

キッチンのパサンは4月のトロンパスのシェルパ・テンジンの息子で今回の最年少。

ポーターの一人は頭痛がひどく、ロバ使いと共に早朝マルファへ降りた。

9時15分、カミとラクパは上部ルートの偵察に向かう。
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Ⅰ峰はⅡ峰の向こう側で見えないのが残念だが、とにかく展望抜群のBCである。
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東にはアンナプルナ山群が連なり、Ⅱ峰やティリチョピークが聳えている。
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登頂に備えて装備の点検をする
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15時45分、カミとラクパが帰ってくる。
5800m付近にC1を決めてきたと言うが、位置の様子を聞くとどうも変だが信じるしかない。
明後日の登頂に向けて明日はC1に上がることになった。

夜はお茶漬け
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外に出るとシタチュチュラ(6611m)の上に三日月があり、日本を出て12日目だというのに感傷的になってしまった。
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10月8日(火)快晴
BC10:45・・・13:15C1予定地(5800m)16:20・・・17:20BC
C1に向けて出発する。
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Ⅱ峰から南西に延びる尾根のトラバースが終わると谷が開け、氷河の奥にタサルツェの山頂が見える。
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ラクパとキッチンの2人が先行し、足元の不安定なガレをカミと一緒にゆっくり登る。
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マナスル方面
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ニルギリ(右奥)
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ダウラギリⅠ峰(右)
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展望が開けるのはいいのだが、想像していたルートと大きく違う。
カミに聞くと間違いないとの答えが返ってくる。
5700mまで登るとタシカンⅠ峰の東に広がるプラトーがよく見える。
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さらに小さなリッジを越えるとⅠ峰の山頂を確認できる。
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すぐ上ではテントを張ろうとしている。
ここまで登ると不信感はさらに高まった。
カミに問う。
「これはⅡ峰に向かっているが、どういうことだ。」
「このルートでⅡ峰に登ったことはありますがⅠ峰は登ったことがありません。ルートは知りません。」
「私はⅡ峰を登りにきたんじゃない。Ⅰ峰を登ることが目標だ。」
タシカンが初めてのラクパは何も知らない。

そうだ、Ⅱ峰を越えてⅠ峰に登頂する手も悪くないぞ。
そうすれば2座登頂だ。
「今からラクパとⅡ峰に登ってくれ。Ⅰ峰へ続く稜線の様子を確認しろ。」
まだ13時なんだから時間はある。
2人なら2時間でⅡ峰に立てると私は考えた。

登攀装備を身につけた2人を目で追った。
Ⅱ峰は目の前にある。
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リッジの向こうに消えた2人が姿を現したのは2時間後だった。
まだ高度で150mしか登っていない。
ここからⅠ峰の往復は無理だと分かり、声の届く距離だったので下山を指示した。

by nakatuminesan | 2013-10-23 19:22 | ヒマラヤ | Comments(2)

帰国しました   

2013年 10月 22日

今夜ネパールから帰国しました。
10月13日にタシカンⅠ峰6386mに登頂できました。
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by nakatuminesan | 2013-10-22 22:26 | ヒマラヤ | Comments(5)