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2011.4.30 東宮山   

2011年 04月 30日

今日はウド、ワラビ、コシアブラ、タラなどを採りながら山菜目的の登山でした。
メンバーはワイワイガヤガヤとお喋りも楽しいグループ。

麓ではシャクナゲが満開となり、ユキモチソウがたくさんあり、山の上では桜が見られました。
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山頂下の東宮御所神社で、採れた山菜をテンプラにしました。
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山頂付近のブナやヒメシャラが芽吹こうとしています。
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ハルリンドウとタムシバもたくさん咲いています。
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山頂部ではミツバツツジが咲き始めていました。
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山菜隊長のYさんが先頭を切って、大張り切りした一日となりました。

天候:晴れ
勘場7:50・・・9:15釜谷神社・・・10:00東宮御所神社11:00・・・11:15東宮山11:25・・・12:30釜谷神社・・・13:40勘場

by nakatuminesan | 2011-04-30 17:43 | 山行報告(中級) | Comments(0)

赤岳2899m   

2011年 04月 29日

八ヶ岳連峰の最高峰である赤岳は、長野・山梨両県境に聳え立っている。
山頂は赤岳頂上山荘のある北峰と、一等三角点がある南峰とに分かれていて、山梨県側には北峰から県界尾根が、南峰の南にある竜頭峰からは真教寺尾根が延びている。
北アルプスなどと比べると首都圏からのアクセスもよく、積雪期登山の対象としても人気のある山である。

酸化鉄による赤い岩肌が山名の由来で、朝焼けや夕映えの輝きはひときわ美しい。
「岩崩えの赤岳山に今ぞ照る 光は粗し目に沁みにけり」・・・こう詠んだのは秋冷迫る赤岳鉱泉を訪れた歌人の島木赤彦である。
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赤岳はかつて赤岳大神とも呼ばれ、人々の信仰を集めていた。
柳川南沢の源頭にある行者小屋は昔、赤岳神社の社務所だった所で、夏期には行者が居住していたという。

大学山岳部1年生の厳冬期が初めての赤岳であり、冬山経験も浅く常識的には行動しない酷寒中の登頂だった。
そのときの様子は昨年の12月に書いた。
冬の八ヶ岳は積雪量こそ少ないが、風の強さは半端ではなく寒さは厳しい。
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あの単独行の加藤文太郎は昭和4年1月3日、夏沢温泉を午前3時に出発し、硫黄岳から横岳を越えて11時10分に烈風の赤岳に立った。
午後3時に夏沢温泉に帰ったその足で麓の町まで下りている。

松濤明は昭和13年12月30日の午前3時50分に赤岳鉱泉を出発。
硫黄岳と横岳を越え9時40分には赤岳に到着。
そのまま権現岳から編笠山を縦走し、日が暮れた17時40分には小淵沢駅に着いている。

なんと昔の岳人たちの足の速いことか。

真教寺尾根は6年前のヒマラヤ準備山行で登ったが、不本意にも足並みが揃わず山頂を目前に時間切れとなった。
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by nakatuminesan | 2011-04-29 08:15 | 日本の山 | Comments(0)

2011.4.28 柴小屋山~薬研谷~大道丸   

2011年 04月 28日

今日のお目当てはアケボノツツジ。
ちょっと早いかなと思いつつ行ってきました。
今年は3月に何度も寒の戻りがあったので、予想したとうりの2~3分咲きでした。
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タムシバは満開となり、ツツジ類も咲き始めています。
ブナやヒメシャラなどの芽吹きにはまだ半月ほどかかりそうです。
それにしても、昨年の雨氷で倒れた樹木や折れた枝が痛々しいままの状態でした。
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カタクリやヒカゲツツジが咲く薬研谷で山菜のテンプラを食しました。
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ヤマシャクヤクの開花は1週間先でしょうか。
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花の知識はないので間違っているかもしれませんが・・・
タチツボスミレ
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ヤマルリソウ
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ハルトラノオ
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ハルリンドウ
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エイザンスミレ
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天候:晴れ
東屋登山口10:00・・・10:20柴小屋山・・・11:25銚子の滝・・・11:35東の岩峰・・・11:45薬研谷12:45・・・12:55西の岩峰・・・13:45大道丸13:50・・・14:30東屋登山口

by nakatuminesan | 2011-04-28 18:54 | 山を歩いてきました | Comments(1)

5月の計画(2)   

2011年 04月 27日

5月3日(火祝)・・・柴小屋山~薬研谷(初級 行動3時間)集合8時

★カタクリやアケボノツツジを観賞します。
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5月8日(日)・・・国見山全山縦走(中級 行動8時間)集合5時
★大歩危駅から南西尾根を経由して山頂に向かいます。
北方尾根を井戸口山へ縦走し川崎に下山。
祖谷口駅からJR土讃線で大歩危駅に帰ります。

★ヤマシャクヤクやシコクカッコウソウに期待しています。
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by nakatuminesan | 2011-04-27 08:15 | Comments(0)

里山   

2011年 04月 26日

午後は近郊の里山をハイキングしました。

個人的には雪の山が好きなのですが、山を歩くには快適な気候だといえます。
花の名はあまり知りませんが、季節は確実に移り変わっていると感じました。
それもそのはずGWが目の前に近づいているのですから。
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2時間余りのノンビリ歩きでしたが、ラッキーなことに少しだけ山菜が採れました。
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by nakatuminesan | 2011-04-26 19:16 | 四季 | Comments(2)

2011.4.25新九郎山~杉生山縦走   

2011年 04月 26日

今回の縦走も車両の回送が必要なため、О氏とK氏にご協力をお願いした。

今朝はすこし冷え込んだため氷や霜柱があり、やがて届く芽吹きはしばらく待たなければならない。
冬を越してきたはずなのに、まるで晩秋のような山肌には雪さえ残る。
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尾根に乗ると新九郎山の右奥には石立山が見える。
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観音ブナが立つP1646mから急降下し、ひと登りで次郎笈~剣山~一ノ森を背にした広々とした斜面に出る。
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昔は苦労して探した新九郎山の三角点。
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スズタケ茂るころを知るメンバーも今日は数名いる。
大きく枝を張ったダケカンバが感じよく、山頂の雰囲気は中東山と似ている。
山頂直下から見る杉生山(右) 左手前はP1510m 中央奥には荒瀬や甚吉森が望める。
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さあ縦走だ!と下り始めると大きな木を発見する。
樹皮からするとミズナラのようで、計測結果は幹周5.5m。
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P1510mを越えると東の久井谷側は人工林、西の高の瀬峡側は自然林となる。
尾根の標高1440mと1350mの2箇所は、枝尾根に入り込まないよう要注意地点だが、スズタケが枯れたことでルートは明瞭だ。
林業関係者らしい手入れもされていて、想像した以上に快適に歩けるし、岩場は簡単に巻いて通過する。
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ツツジが咲き始めている。後方は折宇谷山
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P1267m付近はタムシバがたくさん咲いている。
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P1267mから見るP1339m 杉生山は向こう側で見えない。
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4~5センチ大の糞 もしかしてクマ?
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痩せ尾根を辿ると広い尾根状のP1339mに到着する。
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少し東南東に進んだところで昼食とした。
杉生山直下の鞍部へは岩交じりの急な下りがあり、鞍部へは久井谷側と高の瀬峡側から急な谷が突き上げている。
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杉生山への最後は急登となるが、ヒメシャラを見るようになると傾斜か緩くなり、自然林に囲まれた山頂に着いた。
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枝の間から雪を残した剣山(右)の展望が得られ、好天の縦走に花を添えたようだった。
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大明地へは急斜面の下りで始まり、落石には十分な注意が必要である。
ヒトリシズカが咲いていた。
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標高800mまで下ると鹿ネットが張られた伐採地となり、ワラビがたくさん顔を出していた。

今日の参加者は縦走大好き、マイナールート歓迎とあって、いろんな計画の提案があった。

天候:晴れ
奥槍戸8:25・・・8:55観音ブナ・・・9:30新九郎山9:40・・・10:00P1510m・・・10:30鞍部1215m・・・10:50P1267m11:30・・・11:20P1339m・・・11:25尾根1310m12:05・・・12:25P1270m・・・12:45杉生山13:05・・・14:35大明地

by nakatuminesan | 2011-04-26 11:06 | 山行報告(中級) | Comments(0)

5月の計画(1)   

2011年 04月 24日

5月1日(日)・・・赤星山(初級 行動4時間)集合6時
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★カタクリをはじめ、いろんな花を観賞します。
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by nakatuminesan | 2011-04-24 18:55 | Comments(0)

アンナプルナ   

2011年 04月 24日

ネパール・ヒマラヤの中央部に、東西約60kmにわたり連なる山群の総称。

最高峰は標高世界第10位のⅠ峰(8091m)で、1950年6月3日にフランス隊のモーリス・エルゾーグ、ルイ・ラショナルが無酸素で初登頂した。
これは14座ある8000m峰のなかで、人が初めて足跡を残したことで知られている。

「豊穣の女神」の意とされるアンナプルナ(Annapurna)は、ヒマラヤの高峰のなかでは最も危険な山とされている。
1987年(昭和62)冬、群馬岳連隊はⅠ峰南壁を目指し、今は亡き山田昇たちは登頂に成功したが犠牲者も出している。
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2004年(平成16)秋にも日本の高名な登山家が、セラック崩壊による雪崩で命を落とした。

アンナプルナを一度だけ見たことがある。
それは2005年秋のツクチェ・ピークの帰路、ジョムソンからポカラへ飛ぶヘリの窓からだった。
標高2000mのカリ・ガンダキから、6000mの標高差をもって聳え立つ姿に夢中でシャッターを切った。
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ポカラからカトマンズへの機内からは第Ⅱ峰(7937m)も眺められた。
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3年前のヒマラヤで一つ気になることがあった。
それは敗退した登山のあと、5135mのラルキャ・パスを越えてマルシャンディ谷の村へ入ると、第Ⅱ峰を目指す70歳になる日本人がいるとの情報だった。

by nakatuminesan | 2011-04-24 09:31 | ヒマラヤ | Comments(0)

低気圧の通過   

2011年 04月 23日

今日は寒冷前線を伴った低気圧が日本海と本州南岸を通過し、風雨が強く荒れた天気になるそうです。

今日は那岐山の予定でしたが、この天気ではイワウチワも開かないので中止しました。

遅くに種を蒔いた菜の花が育ち、昨夜の食卓に“おひたし”で登場しました。
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ウドも30センチほどになりました・・・これは観賞用?
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by nakatuminesan | 2011-04-23 08:00 | 四季 | Comments(0)

ヒマラヤ登山とシェルパ   

2011年 04月 22日

ヒマラヤに登るためには、通常はシェルパの助けを借りる。
シェルパ族はネパールに移動したチベット族であり、ヒマラヤの3000mから4000mの高地に定着し、酪農や農業を営み、チベットとの交易を業としていた。

やがて遠征を繰り返す英国人が高地人夫として、自分たちの都合のよいように永い年月をかけて教育した。
昔の遠征隊は英国貴族的に主従関係のけじめをはっきりし、シェルパに対しては厳しい使い方をした。

今ではそういったことはなく、特に日本人などは顔や皮膚が似ていることから親近感を持って接することができる。
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シェルパといえば必ず登場する地名に「ナムチェ・バザール」がある。
シェルパの故郷ともいわれるクーンブ地方の村、ナムチェ・バザールは標高3440mにあり、古くからエベレストをはじめ登山の拠点の村で知られる。

昭和40年のナムチェ・バザール
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現在のナムチェ・バザール
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昔の遠征隊はカトマンズから二週間余りのキャラバンの末に到着し、カトマンズのポーターをこの地方出身の高所用ポーターと交替させた。
現在ではルクラまで小型飛行機で飛び、二日目にはナムチェ・バザールに着く。
シャンボチェまで飛べば、その日のうちに着くことさえ可能である。
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すり鉢状の地形をしたナムチェ・バザールは、6000m級のコンデリ、タムセルクと登山禁止のクーン・ビラに囲まれている。
村は斜面にあるため展望はよくないが、裏山の丘に出ると突然展望が開け、エベレストやアマダブラムなどが望まれる。

それにしても村の変わりようには驚くことが多く、メインストリートの両側にはロッジ、土産物店、喫茶店などが並ぶ。
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世界各国のトレッカーが訪れるのだから、国際電話もかけられヒマラヤの奥地にいる感覚はなくなる。
遠く国境を越えてやってくるチベット商人によるバザールは毎週土曜日に開かれている。
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シェルパやコックにはロッジを経営している者も多く、知る限りでは経済的にも裕福そうである。
ナムチェ・バザールに限らないが、標高の高い土地では冬は雪が積もりトレッカーも減少するので、カトマンズに滞在するシェルパたちは多い。

by nakatuminesan | 2011-04-22 11:49 | ヒマラヤ | Comments(0)