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キスリングザック   

2010年 05月 28日

昔は学生山岳部のみならず、社会人山岳会でもキスリングザックを使っていた。
キスリングザックは本体の両側に大きなポケットが付いた大型ザックのこと。
生地はある程度の防水性もある厚いキャンパス製で、発案者であるスイスの登山用具製造業者キスリングの名前に由来している。
買ったばかりの時は綺麗すぎてサマにならないが、1年間使っているうちに汚れたり、色があせてカッコよくなるのが嬉しかった。
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なにせ容量が大きいものだから、パッキングには要領と経験が必要とされ、ザックの形を見るとその人の経験を知ることができた。
荷が重くなると背負いベルトだけでは肩への負担が大きくなる。
少しお尻に乗っけるような感じで、背中とザックとの摩擦を使って背負って歩いた。
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幅広なので岩場の多いルートには不向きといえるザックであった。
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装備の軽量化や登山スタイルの変化から、キスリングザックを背負った人はほとんど見かけなくなった。

by nakatuminesan | 2010-05-28 16:39 | 昔むかし | Comments(0)

2010.5.26西赤石山   

2010年 05月 27日

昨年のアケボノツツジの見ごろは10日前後だった。
今年は遅れていることから、今日の山行きは見ごろに合わせて19日としていた。
雨で1週間延期したことと数日前の風雨で花が散っている心配がある。
東平から見上げる西赤石山は厚い雲に覆われている。
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東平地区は1916年から1930年まで別子銅山採鉱本部が置かれていた。
かつては多くの人が鉱業に従事した「街」であり、閉鎖された坑道や鉱物輸送用の鉄道跡などが残っている。
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整備されたジグザグ道を1時間で新緑に囲まれた銅山峰ヒュッテに着く。
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新居浜の街と瀬戸内海の島々
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銅山越からは気分のいい尾根歩きとなり、ツガザクラがちょうど見ごろとなっている。
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ミツバツツジとオオカメノキがたくさん見られる。
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山頂が近づくとアケボノツツジが花を残している。
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山頂手前にある岩場の登り。
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兜岩を経由して上部鉄道跡から東平へ戻るが雲底は朝よりも下がっていた。

天候:曇り
東平登山口8:20・・・8:35第三通洞・・・9:40銅山峰ヒュッテ9:50・・・10:25銅山越・・・12:05西赤石山12:45・・・13:00兜岩・・・14:05上部鉄道跡・・・15:15東平登山口

by nakatuminesan | 2010-05-27 09:59 | 山を歩いてきました | Comments(0)

山屋のことば   

2010年 05月 25日

奥山 章・・・《 もし五十歳まで生きて、山を登り続けることができるのなら、俺は下界での人生がどんなに不幸であってもいいよ 》
第2次RCC同人時代には、芳野満彦や吉尾弘などとともに社会人山岳会で活躍するトップ・クライマーだった。
1972年7月2日、自宅にてガス自殺。
五十歳にはなっていなかった。

森田 勝・・・《 俺はグランドジョラスに行く。悪いが、好きなことをやらせてくれ 》
1976年、日本山岳協会によるK2登山隊に参加するが、第1次アタック隊メンバーから外され、勝手に下山したことはよく知られる。
世界初のアルプス三大北壁の冬季単独登頂者である長谷川恒男をライバルとしていたが、岩の上手さでは長谷川が一枚上手だった。
1980年2月、グランドジョラス北壁で墜落死した。
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山田 昇・・・《 麓の風は、いつもやさしかった・・・ 》
1985年、世界初の夏秋冬3季連続8000m峰登頂に成功。
日本人初の8000m峰9座12回登頂記録を残した。
1980年代のヒマラヤ高峰登山の代表的存在だった。
8000メートル峰を5座残して、1989年2月小松、三枝ら3人でマッキンリーにて遭難死した。

小西 政継・・・《 手が欲しいなら、指を差し出そう。足が欲しいのなら、くれてやろう。しかし、呪わしいおまえを必ずたたきつぶしてやる 》
グランドジョラス北壁冬期第三登では凍傷で両手足十本を失った。
ジャヌー、カンチェンジュンガ、チョゴリ(K2)など山学同志会を鉄の集団に仕立てた日本の代表的登山家。
1996年10月1日マナスルに登頂後、消息を絶った。
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厳しい山を求める山屋さんの口から出ることばは凄いものだと思います。

by nakatuminesan | 2010-05-25 16:52 | 山のあれこれ | Comments(0)

深田 久弥著「ヒマラヤ登攀史」   

2010年 05月 24日

1957年7月第1刷発行 1961年3月第5刷発行(岩波書店)

大先輩からいただいた古い本。
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序章の「なせヒマラヤに登るか」では、エベレストの頂上に向かったまま行方を絶った有名な登山家マロリーの「それはそこにあるからです」の名答で始まる。

なぜ人間は山へ登るか。・・・中略・・・ヒマラヤには8000メートル以上が14座、7000メートル以上は約350座、それ以下に至っては数知れない。
そして近年次々と登頂されてきた8000メートル峰を除けば、その大部分が処女峰のまま残されている。
山に憬れる者にとって、これほどの魅力があろうか。
と深田はこう書いている。

本書の大部分は8000メートル峰13座の初登頂の様子が描かれている。
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当時は未踏だったシシャパンマ(中国名:ゴザインタン)は1964年5月2日、中国隊によって初登頂された。
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現在使われている標高はエベレスト8848m、カンチェンジュンガ8586m、ローツェ8516m、マカルー8463m、ダウラギリ8167m、チョーオユー8201m、マナスル8163m、ナンガパルバット8126m、アンナプルナ8091m、シシャパンマ8027mである。
ヒドン・ピークは現在ではガッシャブルムI峰と呼ばれている。

アイスフォールの登攀。
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ヒマラヤ登山が衰退した今となっては、よき時代だったと思います。

by nakatuminesan | 2010-05-24 12:13 | | Comments(0)

2010.5.22不入山~折宇谷山~権田山   

2010年 05月 23日

今日はお気に入りのルートを歩く。
昨年は24日だった。
ミツバツツジは見ごろを終えていたが、シロヤシオが満開だった。
いろんな花が昨年より1週間ほど遅れているが、さて今年はどうだろうか。

観音ブナは芽吹いたばかり。
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まだツボミのミツバツツジと芽吹きが最も遅いダケカンバ。
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次郎笈と剣山にも緑が増してきた。
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不入山から見た左奥が平家平、中央左は中内山、中央右が折宇谷山。
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色鮮やかなミツバツツジと石立山。
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スズダケが全滅し、迷う心配はなくなった不入窪と不入山。
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久井谷山を過ぎると稜線と南斜面は新緑が眩しいブナ林となり、折宇谷山が近づく。
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バイケイソウの群生地から緩い尾根をひと登りで折宇谷山に着く。
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シロヤシオは全体では一分咲きといったところだが、満開にちかい木もある。
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権田山西の大ブナ
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バイケイソウの影響で減ったと思われるヤマシャクヤク。
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作業道から見た中央V字が奥槍戸、左は不入山、右が次郎笈。
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天候:晴れ時々曇り
奥槍戸8:45・・・9:15 観音ブナ9:25・・・10:00不入山・・・10:50久井谷山・・・11:35標高点1532m12:10・・・12:40折宇谷山12:50・・・13:20中内山・・・13:50大ブナ14:00・・・14:10権田山14:20・・・14:45作業道・・・15:40勘場谷林道 

by nakatuminesan | 2010-05-23 11:10 | 山行報告(中級) | Comments(0)

2010.5.21三方山   

2010年 05月 23日

三方山は東祖谷、西祖谷と高知県・大豊にまたがる山。
昔は京柱峠から県境稜線を辿って登られていたが、現在は北面から丸山峠を経由することが多くなった。
丸山峠は熊谷峠とも呼ばれ、安政二年と彫られた地蔵が鎮座する。
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小さなアップダウンを繰り返すと山頂が近づく。
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梶ガ森方面
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三嶺~西熊山~天狗塚
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サルメンエビネ
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ヤマシャクヤク
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クマガイソウ
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コケイラン
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ニリンソウ
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裏年なのかシャクナゲはツボミが少しあっただけで来年が楽しみです。

天候:快晴
林道P10:00・・・10:35丸山峠・・・P1240m・・・12:00三方山12:50・・・P1240m・・・13:30丸山峠・・・14:35林道P

by nakatuminesan | 2010-05-23 09:36 | 山行報告(初級) | Comments(0)

ヤマボウシ   

2010年 05月 20日

我が家には3歳半になるヨークシャーテリアがいます。
名前はトムという“箱入り息子”です。
2年ぐらい前までは散歩が好きだったのですが、放し飼いの犬に驚かされてからは怖がるようになってしまいました。
庭で遊ぶのを日課としていますが、たまには散歩に連れ出します。
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トムと近所を歩いているとヤマボウシが咲いていました。
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秋には赤い果実がつき、けっこう甘くて食べることもあります。
果実酒にもできるらしく、今年は作ってみようと思います。
ヤマボウシを山中で見るのはいつも梅雨のころ。
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昨日までは爽やかでしたが、今日は蒸し暑くて梅雨が近いことを感じさせられる天気です。

by nakatuminesan | 2010-05-20 13:45 | 四季 | Comments(2)

20日の三方山   

2010年 05月 19日

20日は天気の回復が遅れそうなので、快晴予報の21日に変更しました。

by nakatuminesan | 2010-05-19 13:10 | Comments(0)

巨樹   

2010年 05月 19日

環境省によると「巨樹」とは「地上から1.3mの位置での幹周が3m以上の樹木を対象とする」と定め、現在ではこれが巨樹の一般的な定義となっています。
また、巨樹が数本の群生や広範囲に広がりを持って生えている場合には巨木林と呼ぶそうです。
巨樹といえばブナが話題になります。

よく知られる権田山の大ブナは古木だったためか、昨年秋の台風で枝が折れてしまいました。
幹周には影響はなさそうですが残念です。
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すぐ西にあるのも大きいです。
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矢筈山にも立派なブナがあります。
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黒岩山のものは八方ブナと呼ばれる。
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大座礼山は沢山あるので巨木林でしょうか。
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新緑シャワーを全身に浴びながら歩ける季節です。

by nakatuminesan | 2010-05-19 08:05 | 山のあれこれ | Comments(0)

5月14日の発表   

2010年 05月 18日

チベット人のほとんどが“世界の屋根”と呼ばれる高地での生活に遺伝的に適応しているとする新たな研究が発表された。

チベット高原の標高は4000メートルを超える。このような高地では、ほとんどの人は体の細胞に届く酸素が過度に減少する低酸素症を発症しやすくなり、重篤化すれば肺や脳の炎症を起こして命にかかわる恐れもある。

チベット人の多くは高地で生き延びるために、血中のヘモグロビンの量を抑えるよう独自に変異した2つの遺伝子を持つことが今回の研究で発見された。
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この研究を率いた、ユタ州ソルトレークシティにあるユタ大学エクルズ人類遺伝学研究所のテータム・サイモンスン氏は、ヘモグロビンは赤血球の中にある酸素を運ぶ成分であるため、この発見は「直感に反するように感じられるかもしれない」と話す。
「高地に適応していない人が高地に行った場合、酸素の減少を補うためにヘモグロビンの濃度が上がるのが普通だ」。
しかし血中のヘモグロビンが増えると、高血圧や慢性高山病のような合併症の原因となることがこれまでにも指摘されており、そのような体への悪影響を避けるために、チベット人の遺伝子は「ヘモグロビンをあまり多く作らないように変異した可能性がある」と同氏は説明する。
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これまでの研究で、チベット人は海に近い低地に住む人に比べて酸素不足を補うために1分間の呼吸数が多いことが判明している。
加えて、チベット人の血管は太く、体の細胞に酸素を運ぶ効率性に優れている。サイモンスン氏の研究チームは、チベット人が高地生活に適応できる遺伝的要因を探すために、標高4486メートルに住むチベット人の血液サンプルを集めた。
次に、チベット人のDNAの遺伝的変異のパターンを解析し、チベット人と遺伝的に近いとされる低地に住む中国人と日本人の遺伝的変異に関する既存のデータと比較した。

その結果、チベット人には酸素の運搬など高地生活に関連した複数の遺伝的変異が見られたが、低地の中国人と日本人には見られなかった。
チベット人のみに見られた変異には、ヘモグロビンの生成を抑えることと深い関わりを持つ2つの遺伝子も含まれていた。

今後は、変異した遺伝子が具体的にどのような働きをするかについて詳細を明らかにする研究が続けられ、その成果は高山病の予防法の開発に役立つかもしれないとサイモンスン氏は期待を深める。

この研究は「Science」誌で2010年5月13日にオンラインで公開された。
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ヒマラヤ登山で信じられないぐらいの強さを発揮するシェルパ。
彼らの祖先は18世紀、居住していたチベットからヒマラヤ山脈を越えて、ネパールに移住したとされます。

by nakatuminesan | 2010-05-18 08:13 | ヒマラヤ | Comments(0)