ヒマラヤ2016 ムクト・ヒマール(6087m)&ホンデ・ヒマール(6556m)  9.24~10.18(25日間) NO.1   

2016年 10月 19日

隊の名称:阿波土佐192ムクト・ヒマール&ホンデ・ヒマール登山隊2016
(AWA TOSA 192 MUKOT・HIMAL&HONGDE・HIMAL EXPEDITION 2016)

目標の山・ルート   ムクト・ヒマール6087mとホンデ・ヒマール6556m
              ヒドンバレーからの登頂

登山期間       2016年9月24日から2016年10月25日(32日間)

隊の構成     隊員 3名
           サーダー 1名
           クライミング・シェルパ 2名
           コック 1名 
           キッチン・ボーイ4名
           ポーター12名

数あるトレッキングルートのなかに困難なルートとされているダウラギリ一周がある。
今回の目標とする山はダウラギリ一周トレッキング中のヒドンバレーにあり、手垢のついていない6000m峰2座を3名で狙う計画であった。
しかし5350mのBCで2名が高山病になったため、登頂を諦めトレッキングだけで終わる結果となった。
そのため登山期間は25日間と短縮されることになり、カトマンズで全員が終結して帰国することになった。
c0219866_1255626.png


①・・・計画の趣旨
2013年の秋は目標とする手垢の付いていない6000m峰として、ダウラギリ山群のタシカンⅠ峰6386mとホンデ・ヒマール6556mを目指した。
1座目のタシカンⅠ峰には登頂できたが、続く悪天候によりホンデ・ヒマールは諦めた。

ホンデ・ヒマールの近くにはムクト・ヒマール6087mがあり、この2座を目標とした登山を2015年の秋とした。

当初は単独での計画であったが、高知県の知人である松田氏が参加を希望した。
しかし4月に起きたネパール大地震の影響で、登山を2016年の秋に延期することになった。
2016年の春になると知人の大西氏が参加することになった。

松田氏とは2010年秋のカラパタール5545mと、2013年春のトロンパス5416mの同行経験がある。
岩登りや雪山の経験も豊富であるし、初めての6000m峰登頂に気持ちが向かっている。

大西氏は初めてのヒマラヤであるが、国内での難ルートや雪山を伴にしたことがある。
またフルマラソンを4時間台で完走することから体力面でも問題はなく、体調管理が十分で天候が良ければ登頂は十分に可能である。

60歳代の3人による登山隊が結成されることになった。
隊の名称となった阿波土佐192は3名の年齢を合算したものである。



②・・・ホンデ・ヒマールの登山史
ホンデ・ヒマールは1962年の春に日本隊により初登頂されていて、その後は2002年秋にスペイン隊が第2登したとされるピークである。

③・・・ムクト・ヒマールの登山史
登頂に関する情報や資料を得ようとして、エージェントに問い合わせても登頂したシェルパがいない。

またインターネットでもヒットしないので、2座ともに6000m峰とはいえ登頂者は少なく、未踏峰に向かうような新鮮味を感じられた。


④・・・BCまでのアプローチ
ベニを出発地点とするダウラギリ一周トレッキングルートを歩き、フレンチ・パス(5360m)を越えてヒドンバレーのBCに入ることにした。
日程は長くなるが徐々に高度を上げるため、各自の体調を管理しやすい利点を重視することにした。
BCとなるヒドンバレーへのアプローチとしてはマルファからが近いが、一気に高度を上げるダンパス・パス(5244m)越えに高度障害の不安が考えられるからである。


⑤・・・キャンプ地
ムクト・ヒマールとホンデ・ヒマールのBCは南面氷河末端の5500m付近を予定している。
水を得られることが条件となるため、現地入りしなければBCは決まらない。
ホンデ・ヒマールのC1は山頂の西か南東の6000mを予定地としている。
c0219866_1211283.jpg


⑥・・・装備
個人装備は日本から持っていく。

⑦・・・エージェントが準備する主な装備
①キッチンテント
②個人テント
③メインロープ(9mm×50m)2本
④フィックスロープ(8mm)900m
⑤スノーバー(60cm)20本
⑥アイススクリュー6本
⑦酸素(ロシア製3L、300気圧、900Lシリンダー)2本 (緊急医療用)

⑧・・・食料
トレッキングと登山中の食事はコックが料理する。
日本からは梅干、海苔の佃煮、乾燥ワカメ、アルファ米、レトルトカレー、レトルト親子丼、寿し酢、ソイジョイなどを用意した。
しかしエージェントが沢山の日本食を用意してくれたので、持っていった食料は余るという結果になった。
米はネパールで育てた日本米で美味しかった。

⑨・・・現地スタッフ
サーダー(シェルパ頭 ガイド)
チリン シェルパ45歳 日本語を話せるガイド 日本には5年前に遊びに行ったことがあり大の日本ファンである。カラオケも上手で千昌夫の「北国の春」や北島三郎の「祭り」を得意としている。

クライミング・シェルパ
ラクパ テンゼ シェルパ34歳 2005年秋のツクチェ・ピークでは一緒に登頂した。エベレストには6回の登頂歴がある。

フリ シェルパ32歳 クライミングセンスは抜群で、エベレストをはじめマナスルやチョーオユーにも何回も登っている。

二人とも高所に強いシェルパといえそうで、体力的に今が最強の年齢ではなかろうか。

コック
チリ シェルパ 40歳 日本食の味は抜群で食欲が落ちることはなかった。次回にも頼みたいと思わせるコックである。

キッチンボーイ
ドジ シェルパ 40歳 4人いるキッチンのリーダーで、控えめな態度とよく働く姿が好印象であった。

パサン 23歳 2013年秋のタシカンⅠ峰でも一緒だった。

デンリとダワの年齢は分からないが、真面目な仕事ぶりと人懐っこい笑顔が印象的。

ポーター12名 ベニで雇った2名はイタリアンBCから下山。


NO.1(徳島~カトマンズ~BC)
9月24日(土)):徳島駅16:45⇒⇒19:30関空
c0219866_13522963.jpg

9月25日(日):関空〔TG673〕0:30⇒⇒4:20バンコク〔TG319〕10:15⇒⇒12:25カトマンズ・トリブバン空港13:30⇒⇒14:00ホテル(ホーリー・ヒマラヤ)  15:00~観光省ブリーフィング
毎度のタイ航空ではバンコクでトランジットするが、一人ではないとはいえ5時間ほどの待ち時間には退屈してしまう。

機内では図々しく何度もビールやワインを飲みながらカトマンズに到着。
c0219866_1354572.jpg
c0219866_13542110.jpg

c0219866_13544098.jpg

カトマンズの町が見えてくる。
c0219866_1354557.jpg

昨年の春から1年半ぶりに会うダワからカタ(ハワイのレイのようなもの)を首にかけられる。
c0219866_95449.jpg

迎えの車から見るカトマンズの雑踏はいつもながら懐かしい。
c0219866_1356368.jpg

ホテルは今回も相部屋ではなく1人部屋。
c0219866_13572817.jpg

c0219866_1358598.jpg

観光省で登山計画書にサインを済ませ、夕食はシェルパたちとの顔合わせである。
c0219866_13593813.jpg

c0219866_13595281.jpg

c0219866_140106.jpg


9月26日(月)カトマンズ滞在
登山に不要な円とドルをダワに預け、必要と思われる25000円を両替すると25800ルピー。
c0219866_14563813.jpg

1円=1.032ルピーだから約1ルピーで計算が簡単だ。

ストック2本を1500ルピーで買うのは毎度のことである。
c0219866_14572517.jpg

松田(以後敬称略)は奥方から頼まれた土産を買っている。
c0219866_14575995.jpg

はローカル食堂タカリ・バンチャがよさそうだ。
c0219866_14582679.jpg

明日から頑張る三人のオジサマに幸運を~!
c0219866_14585594.jpg

タカリ・ディッシュ
c0219866_14592537.jpg

モモ(ネパールの餃子)
c0219866_14595541.jpg

三人でビール3本とこれだけ食べて2450ルピー(^.^) 

夜はこの春に開店した日本料理店「一番」へ。
c0219866_1505690.jpg

オーナーは「古里」にいた男で私の顔を覚えていて、金ができたのか1年半前に比べて太っていた。

メニューは1年半で30%ぐらい値上がりしている。
c0219866_1512599.jpg

味は誰にも勧められるほど文句なしである。
c0219866_1515357.jpg

c0219866_152583.jpg

c0219866_1522259.jpg

日本酒に納豆もありまっせ!
c0219866_1524927.jpg

最後はラーメンで締めくくり、飲んで食って一人1700ルピーぐらいだったかな~。
c0219866_15449.jpg
 
ここタメル地区といえば日本の銀座みたいな場所だから安い!?


9月27日(火)
カトマンズ7:45⇒⇒11:45ナマステホテル&ゲストハウス(ランチ)12:35⇒⇒14:45ポカラ⇒⇒18:15ベニ(ホテル・ムスタン)
チャーターバスでポカラを経由してベニへ向かう。
屋根と車内後部は荷物で満杯。
c0219866_15481791.jpg

c0219866_954295.jpg

c0219866_15483810.jpg

c0219866_15485220.jpg

右に見える白い峰はガネッシュか?
c0219866_15492116.jpg

昼食はビール&ダルバートが美味い。
c0219866_155062.jpg

ポカラの町を抜けると坂道になり、峠付近から眺められるのはフェワ湖である。
c0219866_1550391.jpg

c0219866_15505855.jpg

狭い道でバスが行き違う光景は日本ではありえない。
c0219866_15512974.jpg

ベニのホテルは3年前にも泊った名ばかりの安宿で、どうもベニという町は好きになれそうにない。
c0219866_1552798.jpg

c0219866_1552247.jpg

明日もバスで移動の一日となり、早く歩いてみたいと思ってしまうのである。


9月28日(水)
ベニ8:00⇒⇒10:50ダルバン13:30⇒⇒15:45シバン(Sibang)1600m
サーダーのチリンが声をかけてきた。
「よく眠れましたか」
「夜中にゴキブリが腕を這っていたよ」
「それは良かったですね」
ゴキブリが出るのは当たり前らしく、ネズミが這わなくて良かったとも取れる返事が返ってきた。

今日も満員になったバスの旅である。
c0219866_1972574.jpg

ベニで雇った二人のポーターが加わって、香水の匂いがきつい女性も乗っているあたりがネパールの面白さ。
c0219866_1975831.jpg

ダルバンからは7000mぐらいありそうな白いピークが眺められ、大西は初めて目にするヒマラヤの高峰だ。
c0219866_1983178.jpg

先で山腹崩壊か橋の損壊があるらしく、ダルバンの村はずれでバスを乗り換える。
c0219866_1991491.jpg

Myagdi Riverに架かる吊橋を渡った右岸にバティがあり、昼飯は粗末なダルバートに限られている。
c0219866_199462.jpg

ダサインという祭りで食べられる山羊の群れがやってくる。
c0219866_19113750.jpg

布を織る女性
c0219866_1912510.jpg

少し進むとDanga Kholaに架かる吊橋の向こうにバスが待っている。
c0219866_19123557.jpg

山腹崩壊の箇所で再びバスを乗り換える。
c0219866_19131676.jpg

c0219866_19132964.jpg

バスは究極の四駆走行で高度を上げてゆく。
c0219866_19135983.jpg

想像以上に小さな村シバンに到着する。
c0219866_19143120.jpg

学校の教室前にテントが張られている。
c0219866_1915381.jpg

今はダサインという祭りで学校は休みになっていて、校庭では年齢別にダンス競技?が行われている。
c0219866_19153225.jpg

c0219866_19154576.jpg

今夜からコックが料理をすることになっていて、鍛えた腕と舌の発揮しどころに期待が膨らむのだが、頼んだチキンカレーはシチューのような味だしイマイチである。
c0219866_19161844.jpg

それだけではなくバスから燃料の半分以上を落としたらしく、これからの長旅を考えると先が思いやられるのである。 

by nakatuminesan | 2016-10-19 12:18 | ヒマラヤ | Comments(2)

Commented by 中年クマリ達 at 2016-10-20 09:52 x
阿波土佐192登山隊の皆さんお帰りなさい!
登山では、残念でしたがブログを見るとネパールを楽しんでいることが伝わってきます。
今後のブログを楽しみにしています。
阿波土佐193を目指すのかな?
登山はできないけど阿波土佐500?くらいでトレッキングも面白いかもしれませんね。
Commented by nakatuminesan at 2016-10-20 11:18
中年クマリ達さん、ナマステ!
ダウラギリ一周はトレッカーも少なくて、ジャングルから氷河歩きのあとは新雪まで自然が勢ぞろい。
5000m以上に長期滞在する登山は厳しいものがあります。
しかし一日で4000mまで下れるトレッキングはまだまだ大丈夫。
またネパールへ一緒に行きましょう!

<< ヒマラヤ2016 ムクト・ヒマ... 10月の計画(1) >>