ゴーキョ・ピーク(5360m)NO.1
2015年 04月 17日
メンバーはA子さん、M子さん、Y子さんの女性3名と、男性はHIROSHIという名のTさん、Oさん、ゴリラの3名だ。
Tさんは2010年11月のカラパタール5545mと2013年4月のトロン・パス5416mに参加している。
またA子さんは昨夏には中国の大姑娘山5025mに登頂している。
我々の平均年齢は66歳であり、若くはないが高齢というほどでもない。
3月28日(土):徳島駅16:45⇒⇒19:30関空
3月29日(日):関空〔TG673〕0:30⇒⇒4:20バンコク〔TG319〕10:15⇒⇒12:25カトマンズ・トリブバン空港14:00⇒⇒14:30インターナショナル・ゲストハウス
バンコクでカトマンズ行きに乗り継ぎ、機内ではビール、ウイスキー、ワインと飲むのに忙しく退屈はしない。
高度を下げると懐かしいカトマンズの町並みが広がる。
2013年4月のガイドであったダワ・シェルパの出迎えがあり、今回も日本語流暢な彼がガイドしてくれるので心強い。
中庭の雰囲気がお気に入りのタメルにあるインターナショナル・ゲストハウス(IGH)に到着。
冷たい飲み物のあとツインルームに1人の部屋割りがある。
今回も相部屋ではなく、ホテルとロッジは1人部屋を基本としている。
町に出て各自2~3万円をルピーに両替する。
2万円は16440ルピーだから1ルピー≒1.2円と2年前と変わらない。
夜は「桃太郎」へ食べにいく。
3月30日(月):カトマンズ滞在(ホーリーヒマラヤホテル)
ルクラ行きの早い便に乗るため5時にIGHを出発するが、頼んでいたモーニングコールがないあたりはネパールだ。
ルクラ行き1番機は悪天候のため一歩手前で乗ることができず空港で待機。
午後2時に本日の欠航が決まる。
ホーリーヒマラヤホテルは2年前の秋に泊まったフジホテルの隣にあり、ダンスができそうな広い部屋に一人とは落ち着かない。
夜は「ふる里」
3月31日(火):カトマンズ滞在(ホーリーヒマラヤホテル)
なかなか朝食のバイキングは美味しいが、ルクラ行きが飛ぶか気になって仕方がない。
カトマンズの町は常に渋滞中だが牛は落ち着いている。
空港で3時まで待機するも飛ばずの一日となり、予備としている2日間を使ってしまう。
え~い!気分転換だと町に出て、土産選びと買い物の値下げ交渉の練習をする。
夜は「おふくろの味」のテンプラ盛り合わせが美味しく、どの日本料理店も徒歩10分ぐらいにある。
ここタメルは日本でいえば銀座のような場所であり、ビール2本に串カツ&みそ汁&ご飯で1350ルピーだから高くはない。
4月1日(水) 天候:曇り
カトマンズ10:40⇒⇒11:05ルクラ2840m(シャングリラロッジ)13:00・・・15:15ガート・・・17:15パクディン2660m(コンデピーク ゲストハウス)
天候は安定してきたようで東の空に雲はなく、今日こそは絶対に飛ばないはずはない。
ルクラ行きは乗客18名ぐらいの超小型機。
2日続いた欠航でルクラ行きは混みあい、ダワとゴリラの荷物は次の便で運ばれることになる。
難峰ガウリシャンカール7135m
16年前は未舗装だったルクラ空港に降り立つ。
空港を見下ろすシャングリラロッジで現地スタッフ(アシスタントガイド:キパ25歳、ポーター:ラトナ30歳、ネスナル20歳、バビイ20歳)と合流し、昼食とトレッキングの準備をする。
ルクラの村を抜けるとトレッキングの始まりだ。
シャクナゲやサクラソウが満開を迎えている。
ちょうど桜も満開になっていて、徳島で見られないからグッドタイミング。
100mはありそうな長い吊橋を渡り、お経が描かれているマニ石は左側を通過する。
この若いポーターは80キロの荷物を担いでいる。
吊橋を渡ったパクディンの村はずれに建つロッジが今宵の宿。
トレッキング初日の夜はダルバート。
ダルバートはネパールの日常食で、ダル(豆のスープ)、バート(ご飯)、タルカリ(野菜のおかず)、アチャール(漬物)がセットになっている。
ダワの荷物は届いたがゴリラのバッグは明日になるそうで、今夜はロッジの毛布を借りて寝ることになる。
4月2日(木) 天候:晴れのち曇り
パクディン7:50・・・10:00モンジョ・・・10:50ジョルサレ(ブッダロッジ)12:15・・・13:00吊橋・・・15:15ナムチェ・バザール3440m(ザンバラホーム)
天候は少しづつ安定してきたようで、ヌプラ5885mが青空に映えている。
動物とすれ違うときは必ず山側に身を置かなければ危険。
ワラビが自生しているがネパールでは食べる習慣はない。
少し歩いた村では桜が見ごろになっている。
タムセルク6623m
モンジョにはチエック・ポストがあり、シャクナゲだけでなくモクレンが白い花を咲かせている。
歩くことが楽しいメンバーの食欲は旺盛で、ジョルサレで食べたスパゲティーの味は申し分ない。
ドゥードゥ・コシの河原を歩くと前方に吊橋が見えてきて、上の橋は2年前に架けられたものである。
吊橋を渡るとナムチェへの標高差550mの登りが始まる。
吊橋を渡ったすこし上から初めてエベレストを眺められる場所があるが、今日は雲が邪魔をして隠れているのが残念だ。
ゆっくり登ること2時間余りでナムチェ・バザールに到着する。
今日の宿は昨年建ったばかりのザンバラホームというロッジで、ダワの親戚が経営しているそうだ。
部屋は清潔で白いシーツが気持ちよい。
ナムチェの町を散策してM子さんとTさんはパンを買う。
2010年11月のカラパタール&チュクンリのアシスタントガイドであるチョンバとの再会を喜んだ。
夕食はヤクステーキを注文する。
食事はシェルパが運ぶことになっていて、キパはダワほどではないが日本語を理解できるので困ることはない。
パルスオキシメーターの数値では全員快調そのものだ。
心配していた荷物は夕方になり届いて一安心。
ここで一句・・・ネパールは 日々待つことと 心得し
4月3日(金) 天候:晴れのち曇り一時雨 ナムチェ・バザール滞在(高度順応日)
ロッジ8:05・・・10:30エベレストビューホテル3880m11:05・・・12:35ロッジ
エベレストビューホテルを往復して高度順応をする。
次第に天候は安定してきたようで、コンデリ6187mの後には青い空が広がっている。
足元にはすり鉢状にナムチェの村が広がっていて、昨日は見えなかったクスムカングル6367mが姿を現している。
テンギラギタウ6943mとパルチャモ6273mも白く輝いている。
正面には聖なる山クーンビラ5761mがあり、リンドウのような小さな花がたくさん咲いている。
2時間ほど登ると世界最高峰エベレスト8848mが姿を現し、メンバーから歓声が起こり嬉しそうだ。
ここから眺めるエベレストは分かりにくいらしく、なぜならローツェ8516mとヌプツェ7879mを結ぶ稜線越しに山頂部だけを見せているからだ。
エベレストビューホテルでお茶をしているとエベレストは雲に隠れてしまう。
出発が30分遅かったらと考えると、タイミングが良かっただけでなく日頃の行いか。
ネパール語で母の首飾りという意味のアマダブラム6856m
下っていくとバザールが開かれていて、ロッジに帰ってから見学に出かけてみる。
人々の生きる力を感じさせるようなバザールである。
食事はロッジの豊富なメニューから各自が選ぶ。
ティータイムの4時に夕食メニューを決め、この日あたりから6時30分食事が定着する。
夕食が終わると翌朝のメニューを決め、朝食7時出発8時も定着した。
ゴリラの朝食は目玉焼きとトーストがお気に入り。
日本の山小屋のように混むことはないし、ゆっくり出発して歩きもビスターリ“ネパール語でゆっくり、ゆっくり”。
by nakatuminesan | 2015-04-17 11:30 | ヒマラヤ | Comments(0)