「狼は帰らず アルピニスト・森田勝の生と死」   

2012年 03月 18日

佐瀬 稔著 山と渓谷社 2000年12月発行
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森田勝(もりた まさる 1937(昭和12)年12月19日~1980(昭和55)年2月24日)の生涯が語られている。
狼と呼ばれていたアルピニスト森田は、純粋、激しい性格、自己中心的などと世間では評されていた。
その彼の活躍や挫折の舞台となった山が八部構成で紹介されていて、岳人必読の一冊だといえそうだ。
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勝気で初好みの森田は1967(昭和42)2月、当時登攀不可能視されていた谷川岳一ノ倉沢第三スラブを冬期初登攀してしまう。

森田を知る事実として書かれたことに次のようなことがある。
名を知られたクライマーが転落した仲間を助けようとして死んだことがあり、ここで森田は「オレはザイルを切るよ。(中略)いつもポケットにナイフをしまってあるんだ」。

登ることに一途な男でありながら、登攀途中で怪我をした仲間に涙を流す一面もあり、奥さんへの愛情や裏表のない性格が伝わってくる。
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1977(昭和52)年、日本山岳協会によるK2登山隊に参加するが、第1次アタック隊メンバーから外された森田は第2次アタック隊にまわされる。
一番の登頂にこだわる彼は造反し、体調を理由に下山したことは本書を読まずとも古い岳人ならよく知っている事実。

『オレはグランド・ジョラスへ行く。悪いが、好きなことをやらせてくれ』・・・これはライバル長谷川恒男が1977(昭和52)2月のマッターホルン北壁冬期単独初登攀に続き、1978(昭和53)3月のアイガー北壁冬期単独登攀に成功したニュースを聞いた瞬間、妻の律子に発した言葉である。

1980年2月、死のグランド・ジョラス北壁へ向かうことになる。
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森田勝の名を知る山屋さんは少なくなったかもしれない。
1937年生まれといえば私より一回り年上で、登山界が面白かった時代に活躍した一人ではなかろうか。

by nakatuminesan | 2012-03-18 13:23 | | Comments(0)

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