「マロリーは二度死んだ」   

2011年 04月 05日

ラインホルト メスナー著 黒沢 孝夫訳 山と溪谷社 2000年8月発行
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イギリスの登山家ジョージ・マロリーが「なぜあなたはエベレストを目指すのか」との記者の質問に、「そこに山があるから(Because it is there.)」と答えたという逸話はあまりにも有名だ。

英国隊の第1次エベレスト登山隊から連続参加のマロリーは、当然のこととして第3次登山隊に参加した。
8170mの第6キャンプからアンドリュー・アービンとともに山頂を目指したまま消息を絶ったのは1924年6月8日のことである。
エベレストに消えたマロリーは、初登頂を成し遂げたか否かで伝説の人となった。

本書では人類史上初の8000m峰14座無酸素登頂を成し遂げた、世界的登山家であるR・メスナーが、エベレスト登山史とマロリーの足跡をたどりながら、エベレスト初登頂の謎に迫っている。
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1999年5月1日、米国のマロリー/アービン捜索隊(隊長:エリック・サイモンスン)が、1924年に遭難したジョージ・マロリーの遺体を8230m地点で発見する。
遺体は堅く凍りつき皮膚は大理石のように真っ白であったという。

手袋や缶詰などを初めいろいろな多くの遺品も見つかったが、記録の要であるカメラは発見されず、マロリーが初登頂を果たしたか否かの結論は出ない。
むしろそれ以上の様々な憶測を生み出すことになる。
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マロリーの選択した北稜ルートは現在では一般ルートであるが、第一ステップと第二ステップと呼ばれる困難な岩場がある。
著者は当時の登山装備や技術、モンスーンを目前にした当日の悪天候などいろんな角度から考察している。
その結果として第二ステップを登攀することは不可能であり、第二ステップからの帰路で遭難したと結論付けている。
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しかしながら推測の域を出ず、マロリーのエベレスト初登頂の可能性はなくはない。
これから先も永遠の謎として語り告がれていくロマンがある。

by nakatuminesan | 2011-04-05 10:01 | | Comments(0)

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