「エリック・シプトン」山岳探検家 波瀾の生涯   

2010年 10月 02日

ピーター・スティール著 倉知 敬訳 山と渓谷社 2000年発行
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世界各地を歩き登山探検史上にユニークな足跡を残した、登山家であり著述家でもあったイギリスのエリック・シプトン(1907年~1977年)の生涯が語られている。

シプトンの足跡はヒマラヤに始まり、ヨーロッパそして中央アジアからパタゴニアまで広がっている。
コーヒー農園を経営しようとしていたアフリカ時代に、彼の重要なパートナーとなるビル・ティルマンを知る。
シプトンとティルマン(右)
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よほど意気投合したのか、長年にわたりティルマンを同行者に選んでいる。

シプトンにとって、ヒマラヤへの第一歩は1931年のカメット(7756m)の初登頂だった。
エベレストには4回出掛けていて、1935年は雪崩の危険からノース・コルで引き返し、その後周辺の26座に登頂。
1937年にはカラコルムのシャクスガム渓谷の流域を探索する旅に出るなど10年間はヒマラヤに通っている。
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第二次世界大戦中のシプトンはカシュガル総領事に任命され、滞在中の1947年には盟友ティルマンとムズターグ・アタ(7546m)に登っている。

エベレスト初登頂を遂げることになるエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイをイギリス隊に迎えたのはシプトンであった。
1951年のシプトンを隊長とするエベレスト南面偵察隊はカラパタールから、後に一般ルートとなる南東稜ルートを発見する。
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スイス隊がエベレストに挑戦している1952年、シプトンはイギリス隊を率いてチョ・オユー遠征を行った。
チョ・オユー隊のメンバー 後列左から二番目がヒラリー 三番目がシプトン
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1953年のエベレスト隊はいったんシプトン隊長と決まったが、大規模隊の統率能力があるとする軍人ジョン・ハントが推挙されてもめにもめた。
この時のトラブルに心を痛めたシプトンは登山界の表舞台を去り、1958年からは初めて南アメリカのパタゴニアに足を踏み入れる。
十数年にわたってこの「嵐の大地」を歩き続け数々の成果を得る。

1962年フェゴ島 強風に強いシプトン得意のピラミッド・テント
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1964年には英国山岳会の会長職についた。

登山家あるいは探検家として、世界中にまだ人跡未踏の地域がごろごろ残っている時代に生き、ほとんどその生涯にわたって先駆的な独特のやり方で息の長い活躍を続けたところは他にあまり例がない。

本書は1953年のエベレスト隊隊長解任のいきさつなど、シプトンという人物の謎にあらたな光を当てている。

by nakatuminesan | 2010-10-02 09:09 | | Comments(0)

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