孤高の人(ここうのひと)   

2010年 08月 06日

登山家「加藤文太郎」をモデルとした新田次郎著の山岳小説。
「孤高の人」は1960年代、山岳雑誌「山と渓谷」に連載された。
その後1973年、新潮社から出版された。
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「孤高の人」ほど多くの登山者に知られ、そして読まれる“山の本”はないと思う。
フィクションではあるが、加藤の遺稿集である「単独行」などの登山記録を基に書かれていて、登山の場所や日時などにおいても実際に行われた山行と共通した部分も多い。
しかし、吉田富久(作中の宮村健)が槍ヶ岳北鎌尾根に誘ったことが原因で、加藤が遭難死したかのような誤解を招く恐れのある内容になっている。
「孤高の人」は昭和11年1月の北鎌尾根の山行が「加藤は宮村との初めての山行であった」と書いているが、それは事実と違っている。
昭和9年4月の前穂高岳北尾根から奥穂高岳は吉田を伴って成し遂げられたものだった。
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「単独行」より・・・『山の恐ろしい力が誘惑する。それは前穂の北尾根と北鎌尾根なので、一人では少々不安だ。そう考えているとちらっと吉田君の顔が頭に浮かんだ。吉田君は恐ろしく山に熱情を持っていて、山での死を少しも恐れてはいない。そのうえ岩登りがうまい。だから私はまもなく吉田君を誘惑してしまった。』

新田次郎にとって「孤高の人」という作品を成り立たせるためには「前穂北尾根から奥穂」は触れてはいけない記録だった。
本の名が「孤高の人」であるからには、なんとしても北鎌尾根で死ぬまでは、加藤文太郎に独りで山登りをさせねばならなかった。
不世出の単独行者である加藤文太郎は、どんな困難な山にも独りで登り、いつも平気な顔で下山してきた。

単独行の加藤文太郎は独りだったら死ぬことはない。
そんな彼が遭難する時だけは、ぜひとも同行者が必要だった。
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by nakatuminesan | 2010-08-06 08:41 | | Comments(0)

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