山野井泰史著「垂直の記憶」   

2010年 01月 31日

2004年4月発刊(山と渓谷社)、山野井氏の初めての著書である。
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「8000メートルの教訓」・・・ブロード・ピーク
「ソロ・クライミングの蘇生」・・・メラ・ピーク西壁とアマ・ダブラム西壁
「ソロの新境地」・・・チョー・オユー南西壁
「ビッグウォール」・・・レディース・フィンガー南壁
「死の恐怖」・・・マカルー西壁とマナスル北西壁
「夢の実現」・・・K2南南東リブ
「生還」・・・ギャチュン・カン北壁
の7章からなる。

読んだ感想・・・文章が上手だと思った。
感性が豊かなのだろうか。
心の温かさを感じさせられた。
どの章も死を背中にした緊張感と登る楽しさと苦しさが描かれている。
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山野井泰史の名はよく知られている。
妙子夫人と夫婦で困難な山に登り続けているとか指のないクライマーとか。
特に2002年秋、ヒマラヤのギャチュンカン北壁の単独登頂に成功するものの、帰路に雪崩に遭い壮絶な生還劇の末に脱出する。
その代償として両手及び右足の指を計10本切り落とす。
2005年9月、新潮社から「凍」(沢木耕太郎著)としてドキュメンタリー本が出ている。
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氏は2002年度の朝日スポーツ大賞、2003年の植村直巳冒険大賞を受賞し世界屈指のクライマーと評価を受けている。
彼はいわゆる「壁屋」である。
私も若い時代には壁も攀じたが尾根屋である。
レベルが違いすぎる・・・月とスッポン。
アマ・ダブラム西壁はこの目で見たが、彼なら登れる壁だなと思った。
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だがマカルー西壁に挑んだとは・・・すごい男である。
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2度会ったことがある。
1999年9月徳島公演のとき、最後に質問の時間があった。
私の質問・・・「普段どのようなトレーニングをしていますか」
彼の返答・・・「とくにやっていません」
実にあっけない返事だった。

2度目はカトマンズ。
その秋初めてのヒマラヤ。
あるエージェントの社長宅に招待される。
そこには山野井靖史・妙子夫妻が居候していて、私の顔を見るなり「なぜここにいるんですか!」。
2ヶ月前一緒に写真に納まったものだから覚えていた。
山野井氏らはポーランドの登山家クルティカとクーンブの無名峰を目指したが、10月の大雪で装備を失い登山を中止していた。
別れ際には彼から「楽しんできてください」と言われた。

2009年秋、クーラカンリ北壁を目指すが雪崩の危険から、カルジャン峰7200mに転進し単独でアタック。
だが6300mを最高地点に下降している。
1965年生まれといえば45歳。
すでに最強期は過ぎてしまっている。
ヒマラヤンクライマーとして終わってしまったのでしょうか。
燃え尽きてしまったのでしょうか。

by nakatuminesan | 2010-01-31 15:49 | | Comments(2)

Commented at 2010-02-01 20:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nakatuminesan at 2010-02-02 08:06
山野井靖史・妙子さんご夫婦はこの20年あまりに20回を超えるヒマラヤを経験していると聞きます。今後どういう活動をするかに関心をもっています。 屋根屋さんですか?体力と気力ねえ・・・う~ん。

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